KAORISSIMA by メッセージを伝えるアクセサリー

by KAORI OSANAI

誰も藤圭子を笑うことはできない

 
藤圭子がしつこい。
 
中止!と言いつつ
お腹いっぱい!と思いつつ
危険!と知りつつ
今また見てしまいそうになった、、、、
 
なんなんだこれは一体?
藤圭子がわたしになんか言いたいんだな?
 
・・・・というところで
わたし見つけてしまった。
彼女の左手にぶら下がってるもの。

なぜか途端に切ない気持ちになった。
 
わたし、彼女が亡くなったのは、2年ぐらい前だと思ってた。
そしたら2013年ですってね。そんな前?
だけどまだ向こうの世界に行けてないのかもしれないね。。。
 
自死はあっちの世界でも苦しみを味わうっていうけど、
「アーティストビザ」みたいなもんがあればいいのになと思う。
芸事に従事する人は仕方がないじゃん、て思うんだよ。。。
 
 
 
ともかく、「昭和の正しい振り返り」は必要なんだと思う。
 
誰が演歌に共感していたのだろう?
という件に関して、よくよく考えてみると
藤圭子の時代、
つまりわたしが小学校とかで、歌謡番組ばんばんやってたような時代
それは高度成長期だけども、
当時藤圭子を好んで聴いていたのは、誰だったのか。
 
えっと、わたしが10歳だとして、、、、
当時の20代以上で上限なし、みたいな世代じゃないかな。
だから今の60代より上の世代ってことよね。
だって思い出したけど、八代亜紀はトラック野郎のアイドルだった。トラック野郎って、20~30代が主流だったんじゃないの?
もちろん当時のわたしにはイミフだったけれども、現象として、それは有名だったんだよ。
長距離、荷物を運んでいる孤独な道中を、八代の歌に慰められていた。そしてラジオ番組やなんかに、せっせとリクエストを送っていた。
今、それ想像すると泣ける気持ちになる。何もかも今とは違うんだよ。
 
 
その時代、彼女が極貧生活から抜け出すために歌を選んだのと同様に
社会には、経済成長の陰で出遅れた、もしくは取り残された、でも明日を信じて必死で頑張ってた人たちがいた。
爪に火をともすような生活をしながら、家計を支えた人たち、生きていくのに必死な人たちはいたんだよな。
「いつかは」幸せになれるって信じてた人たちばっかだったんだよ。
わたし、自分が恵まれた家に生まれたから、その実感がないだけなんだって気づいたよ。
ましてや平成は、「最初からすべてある」時代だったから、なんとなく遠いことに思えるだけ。
 
そんな人たちにとって、辛い日々の慰めが演歌だったんだろうと思う。
「辛さ」というものは人それぞれだけれども、
総じてどうにもならないやるせなさ、不条理さの象徴的なシーンとしての男女。
騙されたけど信じて待ってる女ってのは「メタファー」だったのかも知れない。
今、そこを考慮しないで、演歌はダサいと笑うことはできない。
歌ってる本人だってダサいと思ってたんだよ。
 
それで、80年代の終わりには、経済的にみんな豊かになって、明日の米を心配しなくてもいいようになったんだろう。
演歌は急激に廃れた。
 
もう、「そんな女」は、一人酒場の片隅で無口に酒を飲むよりは
もっと勢いよく飲んでやけになって発散してたと思うし、マハラジャのお立ち台でハジケてた。
それは「人に言えない辛い恋」なんかじゃなくなってた。
ベラベラ喋るようになってたしね。
 
そうなると暗い演歌は成り立たないんだよ。
しかも、物語的な演歌はキャッチーじゃない。アイドル的な演歌歌手は聴くに耐えない。
市場が崩壊したんだね。
 
そしていつしかみんな藤圭子を忘れ、時代は宇多田ヒカルになった(わたしは聴かなかったけど)。
 
 
でさ、今思ったんだけど
当時藤圭子を支持してた人たちは、彼女の死をちゃんと悼んだのかなあ。
今の60代からその上の人たち、
藤圭子が好きだったことを忘れてるんじゃないのかなあ。
あるいは、
その時代の辛かったことを思い出すのも嫌だとか、なかったことにしてないか?
そーゆーことって、あるんじゃないかなあ。
 
 
美空ひばりが死んだ時(バブル期だった)
昭和が終わった終わったとそりゃもうすんごい勢いで追悼番組やってた。
でも藤圭子って、そんなに追悼されたのかしら。テレビ見ないわたしは知らないんだけど。
壮絶に貧乏な生い立ち、家族との諍い、暗く不幸な女のイメージを作り上げられて
成功したのに明るくすることは許されなかった。
歌いたかった歌は歌えなかった。
幸せであることは許されなかった。
時代が変わり、不幸のシンボルであった彼女も忘却の彼方へ。
精神を病み、幕引きに死を選んだ彼女に、正しい賞賛を当時の人々は与えたかしら?
 
話ついでに、
藤圭子と宇多田ヒカルって
ブラジルの伝説の歌手エリス・レジーナとその娘マリア・ヒタだなあと思う。
(知ってる人なら頷くと思う)
 
 
それでやっぱり、そういう「危うい」ところからしか
本当に美しいもの、凄みのあるものって出ないんだよ。
だから芸術家なわけで。
「芸事」に従事する人が精神を病んだからといって、
そして解決としての死を選んだからといって、
誰もそれを笑ったり、蔑んだり、批判したりすることはできないよってことだけは言いたい。
 
 
もし彼女が今、天国の入り口を見つけられずにウロウロしてるんだとすれば、神に言ってやりたい。
早く藤圭子に迎えを出してやんなよって。
 
 
本当に綺麗な人だったよ。
そして、もんのすごい歌い手だったんだよ。
みんなも今一度、聴いてみてほしい。
 
 
読んでくれてありがとう。
 
またね!
 

Kaorissima マリアグリッド 

おすすめアイテムも見てね

ショップセレクトアイテム

X