KAORISSIMA by メッセージを伝えるアクセサリー

by KAORI OSANAI

修道院として最後のアイテム

 

ローマ教皇が来日することは知っていたものの、ミサに応募するなどということは思いつきもせず、

だから友達から「抽選に当たったけど、かおりさん行く?」って言われた時は二つ返事で

「おー!行く行く!」

さすがわたし!考えただけで手に入るよ(爆笑)と気を良くしたのもつかの間、

結局当選ハガキと身分証明書の照合があるからってことで、諦めた。

今や「なりすまし」という罪になるからね。

日本のバーイきっちり確認しそうだもの。

これがイタリアなら、まあ、その、、、、、ねえ(笑)

まあ、日本よりは融通の利く社会と言っておきましょうかね。

特別聖年のバチカン(2016年)だって、事前申請はめんどくさかったけど、当日は書類なんかほとんど見られなかった。

 

とにかくわたしとしてはすっかり行く気まんまんになって一人盛り上がっていた。

ライブ・イン・ジャパン!

 

 

というのも、わたしはこのミサを、勝手に

「父を送るためのミサ」に仕立てていたの(笑)

「オトーサンのために教皇が来日してミサをあげてくれるってよ!わたしが呼んであげたのよ」ぐらいの勢い。

そして、「坂ノ下修道院」をやめることへの祝福。

ザマーミロ感に満ち満ちていた。

 

このザマーミロ感はどこからきているのか。

 

 

わたしは今回、父の一件を通して、確信したことがある。

もちろん妄想だけれど。

詳しく書く気は無いけれど、父もわたしも、多分同じ修道会(とか何やかや)にいた過去があるのだろう。

そんなことは本当に、50年間生きてきて、この2ヶ月を迎えるまで考えつきもしなかった。

でも父の終焉に至るプロセスで、彼の語る「あっち側の世界で見てきたこと」を聞いて、

「はっはーーーーん」という気づきを得た時、

わたしの中で完全に腑に落ちたというか謎が解けた感を得た。

それは、今まで、自分の過去生についていくら聞いても得られない「実感」のようなものを

決定的に得られたような、なかなかに感動的な「解決」だった。

紫鯨亭さんに「何か親子という関係ではない、強烈なエネルギーの相関関係」と言われたことも腑に落ちた。

 

考えてみれば、何故だろう。物心つかない幼いわたしに、音楽や美術と同様に、

世界の神秘、

つまりエジプトやギリシャ、ローマ、それからマヤやインカについて

扉をあけてくれたのは父だった。

 

 

この夏、わたしは「修道院」をやめたくなった。

わたしにしかわからない感覚だけれど、「もう違う」と、何もかも違和感だらけになった。

それはちょうど、父の「この世からの離脱」が始まった時期と一致している。

その頃、わたしの背後は「もう修道服を脱いで、自由になりたい」と言っている、と金子さんに言われた。

修道服を脱ぎたかったのは父だったんだろう。

「もう、いいでしょう」 by 水戸黄門 だ。

 

父が死に向かうことが決定的になってから

「もう、(楽になって)いいんだよ」とわたしは何度も言った。

そう、楽になっていいんだよ。

同じような過去生を持った人たちみんなみんな、だよ。

 

 

そんなわけで、わたしとしてはこの教皇 in Japanミサが

何千年レベルの「大きな大きな時代」を終わらせる意味での「しめ」になるという感覚でいる。

ローマ教会自体も、いつまで続いていくのやら。

アゲイン「もう、いいでしょう」 by 水戸黄門

 

もう一人一人が教皇でいいじゃない。

星の王子様に出てくる

「自分で命令して自分で実行するたった一人の王様」

そんなようなものなのではないかしら。

自分の中にある本当の力を起動させれば、それでよし。

そんなわけだから、坂ノ下修道院という名称で出す最後のアイテムとして

教皇みたいなクロス

を、今日という日に作ってみたくなった。

 

坂ノ下修道院。

自分で始めて自分で閉める。

なんか、いいぞ!って思っています。

 

本当に綺麗!

やっぱり、オーナメントよりはるかに力を感じる。

 

 

 

読んでくれてありがとう!

 

またねー!

 

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