KAORISSIMA by メッセージを伝えるアクセサリー

by KAORI OSANAI

陰極まって陽となる。怒りの3月は終わった。

確定申告を死ぬ気で(ほぼ)終えた。死ぬかと思った。眠くて。

それでわたしはこの、確定申告でクソ眠くなるメカニズムをついに突き止めて納得した!!!

(それは後で)

 

そして、2日前ぐらいからなんだか穏やかな心境がカムバックアゲイン!

リアル・ミーが帰ってきた!

おかえり、わたし。

そんな感じ。

 

思えば激動の3月だった。

激動、といっても何かが激しく動いたわけではない。動かされたのは「気持ち」だ。

総じて言うと、3月は怒りの月間だったように思う。

この怒りも、わたし個人のものと言うより、どこかから来ているもののような気もするが、渾然一体だからわからない。

振り返ってみる。

 

 

まず、3月に入る前からだが、とにかくわたしはものすごい切迫した気持ちで、マリア像を作りまくった。

なんだかわからないけれど、急いで全世界に届けなければいけない!という逼迫した思い。

また金子さんへのドネイション目標達成にも必死になった。

これはわたしが「やりたい」と思って、「絶対達成する!」と決めて、「実際達成した」という結果になった。

けれども、この期間中、ある方面から、明らかに誹謗中傷じゃないのか?という文字情報が入ってきて

わたしは非常に傷ついたし、非常に腹が立った。

久しぶりに心の底から腹が立った、という経験だ。

実際は、「お金というもの(差し出すこと、受け取ること、循環させること、みんながハッピーであること)」に対する考え方の違い、というだけで、賛同しないなら賛同しなければいいだけの話が、よくもまあそんな風に表現できるね、、、と思ったものだが、

その方々の「正義」の上で、相手を悪だと決めつけて批判する人たち、

また人の行動を陰からチラチラ見て、いちいち否定的な側面を探しては喜んでいる人たち、

がいる、という事実だけ心に留めた。

 

 

そうこうしているうちに、パンデミック状況の深刻さ、対岸の火事ではない感が、急にリアリティを帯びてきて、

特に、わたしの第二の故郷イタリアの惨状は日々わたしを打ちのめした。

同時にロックダウンの中、浮き彫りになった「本気になったイタリア国民」の素晴らしさは心の琴線を揺らし続けた。

それとは逆に、

徹底した情報のインフォームがなく、然るべき処置をとるのに時間がかかりすぎている(ように見える)我が国、

不安を煽るだけ煽って、誰にも保証できない未来の想定をなんの意味もなくしつこく繰り返すメディア、

どうでもいいことで文句ばっか言ってる緊張感のない市民

この期に及んで命より経済を叫ぶ人々

みんな揃いも揃ってバカじゃねえか?

と思ったし、この国やこの社会の知性の欠如に対して絶望的な気持ちになって

こんな国はもう滅んでもいい

と思った。

その辺のおっさんのように、TVにあべちゃんが映るたびに、ものすごい罵声を飛ばす

のような怒り方だった。

 

もとより、わたし自身はどうしても生き延びたいという意欲が「特にない」で、ここまで生きてきたわけだが、

今回初めて、そうは言っても家族の身に何か起きたらどうする、と仮定することで恐怖→社会への怒りを持った。

出勤を続けるDNの罹患は避けたい。どうして会社は出勤停止を命じないのか。

政府がロックダウンを宣言しなければ企業なんて「経済活動」を優先させてしまう。

なぜなら企業トップはおっさんだからだ。ついでに言えば、女性だってトップに立てば(部門トップぐらいのポストでも)おっさん化する。

こんなおっさん社会なんか、総崩れすればいい!

 

また、全員が保菌者だと仮定して、わたし自身も拡散しないように、、、と思う一方で、

わたしはDNから感染させられるケースも想定せねばならず、

母のことを看取らねばならないわたしが先にやられてしまったらどうなる?

(わたしは絶対に心残りを持って死にたくない)

また、DNが死んでしまったらどうなる?

わたし一人生き残ったとして、新しいパートナーを見つけるにしても(そこw)、DNほどくだらないバカはいないから

このくだらない日々を懐かしみながら生きていくのだろうか、と考えたらおそろしくつまらない人生になりそうで

考えては気が重くなっていた。

 

要するに心を乱されている、という状況。

 

 

そんなところに颯爽と登場したのが4月1日の「マスク2枚」。

 

だが、

この件はなぜか、わたしに

陰極まって陽となる

といった作用をもたらしたように思える。

 

顔よりはるかに小さなマスクをしたあべちゃんの写真を見て、

なんだかしみじみとした気持ちが湧いてきた。

わたしがおじいちゃんを大好きだった、今も大好きなように

あべちゃんだっておじいちゃんが大好きなんだろう。

男の子だもん。

おじいちゃんみたいになりたかったよね。

ならなきゃいけない、って思ってきたよね。褒めて欲しいよね。

そういう家に生まれたらそうだと思う。そんな人の気持ちは、誰にもわからないよね。

だから頑張ったんだよね。。。。

 

 

そう、あべちゃんだって、頑張っている(はずだ)。わたしに彼の事情はわからない。

遅いかもしれないが、それでも経済支援などは、ないわけではない。

そうはいっても、日本の官僚だってそれなりに優秀なはずだ。

しがらみonしがらみの中、みんなそれなりに「権限」などと戦いながら、なにがしか良い方策を考えたりしている(はずだ)。

 

わたしがドネイションの件で頭にきたのと同じことで

全体像が見えていない人間が、部分的なことを取り上げてガタガタ言うことのバカバカしさよ。

 

それに

そもそも、わたし

偽物の安心に悪者探し 

わたしたちには関係ない

(by 宇多田ヒカル)

 

という気持ちで生きてきたのに、

あれ?わたしは何かに巻き込まれてたのけ???

 

「このような社会」に対して落胆する、ということは

自分が「このような社会」の構成員だと思っている、ということで、

社会がどんなであろうと、文句を言う人はいつでも、なんでも文句だけ言ってる。

自分が「このような社会」から抜けてるんだ、と思えば周囲はどうでも、まったく気にならないことだった。

 

な〜〜〜〜んだ、だよ。

 

 

何か、こう、、、、

自分にまとわりついていた「情報」というものと、自分自身が

完全に切り離された感じ

とでも言うべきか、

なにか清々しさ、というものを覚える今日この頃、今この時、という感じになった。

 

そして、我が国の首相をはじめとするお歴々の方々

そして今のような政治や経済といった「システム一式」といったものから

自分は抜ける。

いやもう、ほんっとに関係ない。

 

未来は自分で作ればいい。

というより、未来を作るのは自分でしかない。

 

というわけで、

「既存(=過去)」に対して、本当にご苦労様でした。今までありがとう。

という気持ちでいます。

ウィルスも含め、何もかも含めて、

終結させたければ、自分たちの中で終結させるのが一番手っ取り早い。

頑張ってきた自分に別れを告げるのと同じことだよ。

つらい社会も、辛い自分も、どこにもいない。

 

ほんとによくやったよね!よくやった!ありがとうね!

 

バイバイ、3月!

 

 

読んでくれてありがとう!

またね!

 

 

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