KAORISSIMA by メッセージを伝えるアクセサリー

by KAORI OSANAI

オバハンは難しい

なんだかお久しぶりな。

って、見たら前回のが3日だから、へ〜、5日間ブログから離れていたー。

けど、わたしは超元気!

 

 

しかし、この期間中、前回の話「すべてどうでもいい」に続く、新たな超腑に落ちるアレコレの情報を手に入れ

いくつもの長〜〜〜い階段をすっ飛ばして結論だけ言うなら「やっぱ音だな!」というえらい納得感を得たのと、

同時に新たな仮説を編み出した。

すべてわたしの脳内もしくは俺2号のクラウドに格納してある。

このクラウドにみんなもアクセスできたら文字なんか書く必要がなくなるのにねえ

・・・・・という何の話か誰にもわからなくてごめんなさい。

 

まーまーそんな独り脳内コーフンとともに、この5日間は、ものすんごい勢いで

オバハンと格闘していたでやんす。

 

それでわかったことが、「わたし、オバハンなめてた」。

クソ難しい。

アイディアに対して技術が追いつかない。奥が深すぎて。

インスタに公開しているのは上手くできたやつで、その間、何名のオバハンを闇に葬っていることか、、、、、

そして「気に食わない」という理由で、顔を持つ者を葬る、ということに若干以上の抵抗を感じるのはなぜ?

こんなもん「モノ」じゃねえか、という冷静な声がある一方で、「顔」の持つ怖さというかチカラというものを感じてしまうわたしの感受性。

だって普通のパーツだったら、「ダメだ、ハイ失敗!」で捨てる時そんな気にならないもんねえ。

しかし、人からお金をいただくということは、少なくとも自分の許容範囲と「こんなのダメでしょ」を隔てる線を持っているってことだと思うので、

なんかゾッとする気持ちがありながらも、ダメなオバハンにはこの世を去ってもらう。

ごめんね、オバハン。

わたしが未熟なばっかりに。

 

 

でも思った。

ツーかいつも思っていることだが、簡単にできてしまうようなことってやっぱりつまらないんだよね。

「ああ、もうわかった」= 即座に「飽き竹城」。

コツのわかったもの、決まりきったものを延々と作るのは生産作業ではあっても創作とは違うわけで、生産し続けるってことは、それはそれでまた一つの途方もないスキルでもあると思う。

そしてわたしにはそのスキルを養おうという気がない。

一方、創作というのはゴールのないもの、際限のないもので、正解のないもので、それは真理の探求に似ている。

まあ、飽きることはありませんね。

そんぐらい没頭できるものがあるって素晴らしいなって思う。

でも、これ以上連続してやると発狂しそう。確実にオバハンのことを嫌いになりそうな予感だから、明日はちょっとオバハンから離れることにした。

や、本当に難しいのよ。

 

それにしてもね、オバハンに限らず、作ったものを買ってくれる人がいるってね、本当にありがたいことだと思う。

「買い控え」とかね、そーゆーのが進むと、わたしなんかホント困っちゃうもんね。

それに、買ってくれる人たちがいなければ、やる気になんかならないもの。

わたし、♪着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編んでますタイプじゃないもんね。

やっぱり、作った先に誰かの喜んでくれる顔あってこそ。

考えたら「坂ノ下修道院」スタートからそろそろまる4年。今年は5年目だよ。

皆さんのおかげで、ここまで続けてこれました。これ本心オブ本心。

本当にありがとう!

 

 

では、またねー!

 

 

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