録画しておいたドキュメンタリーを見た。
火災直後の動き出しの速さ(フランスさすが!)、修復に関わる人々のプロフェッショナルさには感じ入るものがあって見応えあるドキュメンタリーだった。
事件直後の内部の様子は映像で見ると凄まじいものがあったが、「燃えもせず、傷つきもせず残ったもの」を見て、やはりあの時、燃え盛る中で時感じたこと(=聖母自らの意向だろう)を改めて確信した。
中央祭壇の十字架、聖母子像、バラ窓は残ったのだ。そして、あれだけの火災で誰一人として死んでいない。
そうか、1年前か。遠い昔の出来事に感じる。
あの時、病室から父が電話をかけてきた。「パリは大変なことになってるぞ。ノートルダムが燃えている。お前に知らせてやろうと思って」。その声はまだ耳に残っている。
ノートルダムは燃え、聖母は決定的に教会を必要としなくなり、
そしてわたしたちのところには、マリアグリッドが来た。
改めてそのことを考えた。
マリアグリッドを手にした人たちは、明らかに今、顔つきも違うし、それぞれの思いで動き出している。
何よりわたし自身が、一番変わったかも知れない。
先月の波動学講座で、「どうしてマリアグリッドが力を持つのか」という誰にもわからない謎について、紫鯨亭さんから出た仮説、
「マリア像を切ったからではないか(=偶像崇拝の否定)」
には電気が流れるような衝撃を得た。
もちろんわたしは無意識、何も考えずそのようにしたわけだが、
「教会に縛られた人ならマリアの体にナイフを入れるなんていうことは考えもつかないだろう。また、この行為によって完全に従来の枠組みからマリアを切り離したということではないか」と言われて、なんだか涙が出そうなほど嬉しかった。
変な表現になるが、なんというか、報われた思いがした。
最初にあのマリアさまを作った時、本来の型であれば立ち姿だが、わたしはこの方がかわいいから、と下を切ってトルソーだけにした。
だってこの方が、はるかに身近に感じられるもん。
それが不敬なことだなんて思わない。そんなことでマリアさまが怒るなんて思えない。
さらに自問して、「でもどうしてこの方がいいと直感したのだろう?」に対する自分の答えは明らかで
「それはわたしが、大船観音を見慣れているからだ」だった。
わたしにとって観音さまといえばこの方だ。他にも素晴らしいタイプがいるとは思うが、わたしにとっては、この観音さまほど優しさや親しみを感じる人(観音像)はいない。
だから絶対、無意識下の意識に「この姿」があったんじゃないか、、、、と思いを巡らせたら、しみじみとした気持ちになった。
それで、マリアグリッドに関して、わたしはもっと普及に努めるべきだと思った。思っている。
誕生してから半年が経過して、最初の疑心暗鬼は確信に変わった。
グリッドが持つ力についての検証も色々と進んでいる。
これまでは、正直に言って、どう伝えていいかわからなかったのと、積極的な発信についてどこかでブレーキをけていたところがあった。
だって「すごいんですよ」しか言いようがなかったし、得体の知れない壺を売っているかのように思われることも警戒していた。
けれど、どうしてこんなものが生まれたんだろう?ということを考えるに、それは普及させてこそ意味のあること。
たとえ意味不明でも、手に取って動かしてみれば、たとえエネルギー体感として感じなくても「見えない何か」は確実に変わっていることがこれまでの検証でわかってきた。
この検証はグリッドで繋がったファミリーみんなによって成されてきた。
それと同時進行のように、世界は混沌の方向に向かって危機的な状況にある。
そんな折にやってきたわけだから、わたしは真摯に取り組むべきなのではないか、とやっぱり思うのだ。
それで、今後は独立したひとつのサイトにマリアグリッドの情報を集約しようと思っている。
同時に、マリア像は大人数じゃなくても、3人いれば最低限の働きをすることがわかったので、スターターキットとして少人数のセットを用意して、今夜もっと多くの人の手に渡る努力をしようと思う。
それと、今後出る「統合のグリッド(仮称)」も含めて、ラインナップも見直そうと思う。
とにかくこれを設置する人が増えれば増えるほど、地球のエネルギーとしては良い方に動く。
少なくともわたしはそう信じていて、信じているのだったらちゃんとやれ!ということだと思う。
そんなわけなので、今日は宣誓の意味もあって、この記事を書いた。
これでだいぶスッキリすると思う。
「Kaorissima」では引き続きいろんなものや情報を扱っていくけれども、アクセサリーをメインとして、
マリアグリッドは特化したサイトに、夢は夜ひらくではいろんな人とのコラボレーションを含めて、クソから抜け出すグッズや食品も用意したい。
要するにわたしがやりたいことは、「人々の振動数を上げてキラキラした人を増やす」だから、どれも自分の中では完全に齟齬がないひとつの大きな輪っかの中にある。
わたしはハムスターのように輪っかを回しているイメージ。
今、考えていることはそんなことです。
読んでくれてありがとう!
またね!