KAORISSIMA by メッセージを伝えるアクセサリー

by KAORI OSANAI

万策尽きた、、、、となってから始まることがある

こないだ、学生時代のある友達のことをふと思い出して、気になったからLINEでもしてみようと思ったら、リストから消えてる。

瞬間的に青ざめた。

というのも、最近のわたしは、誰かのことが頭によぎって連絡連絡してみると、相手がけっこうな加減で重篤な状態、というケースが多発している。

ま、元からそういうお知らせ機能みたいなもんがあったっチャーあったが、なんだか今は相手の重篤さ加減がシャレにならない。身体的に重篤だったり、精神的に重篤だったり。

だからLINEから消えてる時点でかなり焦って、速攻ケータイにSMS送ったり、真剣になった。

結果、彼女は無事だった。(よかったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ)

 

この彼女のことは、以前「占い師に呪いをかけられた話」として記事を書いたことがある。

自分の人生のほとんどを母親からの呪縛に費やしてきたような人だ。

前回のコンタクト時には、母親の件の愚痴に加えて、夫が自己破産下のしないのという極めて振動数の低い調子で語られたが、今回はそうでもなかった。

でも「コロナがね〜」とか言われると、「あ、そうなんだ〜」としかわたしは言えない。完全に話の向き先が2分化されてしまった。

しかし、肝心の夫氏は、大学で教えるという職を得た模様。すごいなあ。

 

つねづね思うンダけど、「もうダメだ」ってなってからが、その人の真価が出るというか。

万策尽きてからが本当の勝負というか。

病気とかも然りで、仮に医者から「望みがない」とかなんとか言われたとしても、

そっから始まる自然治癒

というものだってあるわけだから、というより、むしろそっからしか本番が始まらないような気もするし、

自分の持っている底力を信じるっていう、極めて基本的な、しかし頭で考えていては難しいことに気づく人が増えて欲しいなと思う。

そのために今、意識領域の拡大が必要なんだよね。

 

だから「万策尽きた」はその後次第というか、

「その後の驚異的なもの」にフォーカスを合わせれば、万策尽きたかに見えることってのは決して悲劇ではない。

でもその後の驚異的なもの、を知らなければ万策尽きたはただの悲劇になってしまう。

この世で言われていることはみんなクソ、と思うか

この世で言われていることに沿って生きなきゃ、と思うか

シンプルに言えばそれだけが鍵なんじゃないか、とわたしは思う。

 

この世のクソみたいなことに囚われてるから色々起きるわけで、クソの領域から抜け出てしまえば、特になんということもないよ。

 

ほなまた。

 

 

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