わが町の発明家にして弁理士でありミュージシャンでもある天才コータくんのこの記事にえらい考えさせられる。
記事からグラフをお借りするから見て。
人間が、7歳まで(時計で言ったら「6時」の位置)に完全に月の支配下に置かれる話も、こうやって見るとリアリティを増す。
7歳ですでに全人生の半分の時間を「体感」するわけだから、ここである意味方向が決定づけられ、24歳(9時)ぐらいで「社会」との軋轢に苦しむ、、、、ということが
一目瞭然になっている。
これ、要するに、
人生は夜の9時から始まる
ってことじゃないか?
小さい頃、「9時を過ぎたら子供は寝る時間」だった。
しかし本当は違う。
9時を過ぎてからが、本当に目覚めるべき時間。
人生のグランドフィナーレに向けた大事な時間帯。
鬼滅の刃は、みんなの中に本当はある。みんな誰でも持っている。
刀を振り回す必要はなく、覚醒するということが、すなわち鬼滅。
わたしは最近、とみに「生き急いでやる」感が強く、
逆に言えば「いつかそのうち」なんてことはあり得ない!の実感がひどく
もうとにかく、ものすごい速度で生き切って死んだろ!というだけしかないんだが、
それは「決意」とかそういうものとはまるで縁遠く、わたしの中の「動物のカン」的なものがそうさせているわけで。
「時間がないんじゃ、時間が〜〜〜〜」 by仁義なき戦い
の心境であるわけなんだけど、この表見たら
そらそーだよ、間もなく午前0時!(タ〜イム・アップ)
わたしは逆に安心した。
わたしの感じている「マイ時計」は正確極まりないってことだ。
過ぎた日のことをいつまでも気にしたり、
人にどう思われるとか、常識から外れていないか?とか、自分まだまだだ、とか
あらゆる恐怖に支配されながら、9時を過ぎても気づかない場合、
その人生の全てを、鬼に捧げるってことなんだよ。
「いつか」なんてありえない。
イマココで、今すぐ。6歳までの自分を思い出せばわかる仕組み。
映画見て泣いた人は、そこに気づいたらいいと思う。
ほなまた。