本日は父の誕生日で、三回忌の法要でした。命日も近いから、毎年この日を周年ということにすればいいわね、という母の提案。
父の兄弟と母とわたしだけで、こじんまり、和気あいあい。
というよりは飛沫上等で喋り倒す人々。。。。
しかしもう2年も経ったか〜、、、と思う一方で、ものすごく遠い昔のようにも感じる。
あれが半年遅かったら、ナーコロで病院にも容易に行かれず、葬儀だってできなかっただろうから、天の采配なのか父の魂の計画なのかはわかりませんが、うまい時期に時期にいったもんだ。
ときどき思い出しては寂しく思うけれど、とにかく感謝しかありません。
母はすっかり陽気で明るくなり、加齢ゆえの不具合はあるにせよ元気でいてくれる。
父が亡くなる頃には、激ヤセして実は体重が30キロ台に落ちていて、着るもの全てがブカブカになっていた。今となってはそれが心労だけによるものなのか、負の影響がそれに拍車をかけていたのかはわからない。
とにかくグリッドができて「家の「負」問題」が解決してからは、徐々に体重も戻って食欲も旺盛。くだらないギャグにもキレがある。
ほんとうにほんとうに、2年前と同じ線上にある出来事とは思えない。。。。
わたしは昨日から実家に泊まり、やってもやっても際限ない庭の手入れをして、
雑草なんか冬になったら枯れるのに、落ち葉なんかはほっとけば腐葉土になるのに、なんでこんなことをする必要があるのかな〜と思いながらも、
しかし草木を放置すると、根の国底の国パワーで家は枯れるのが、どういうわけか自然の摂理。面白いものだなーと思いながらせっせと鎌を動かす。
だけど、これまでは父が隅々まできちんと手を入れ過ぎていたせいで、むしろ地面が痩せていることにも気づいたから、今年は場所を決めて腐葉土作りもやっている。
ミミズさん、ダンゴムシさん、わけわかんないいろんなミニミニ虫さん、そして微生物という見えない人たちが、うまいこと仕事をしてくれている。
夜は母にオイルマッサージをした。
昔なら少しの圧でも猛烈に痛がって「もういい💢💢💢」となっていたのに、今はけっこうスムース。
しばらくいじっていたら、コリが流れた。
身体の滞りと「負」ってものすごく関係あるんだなあ。
アロマテラピーなんて大昔に習ったことが、30年近く経った今活きているからなんでもしっかり会得しておけば、無駄ってことはないんだなあと、なんだか妙に感心している今日この頃。
「シェディング」と言われるものも極めてリアリティ(ギックリに加えて異様な湿疹、しかもしつこい)を体感した以上、自分でできることはやり続けようと思う次第。
そして先ほどキャリアオイルを大量買いしてやった。
ともかく。
人はいつか死ぬ。
そういう風にできている。
ナーコロどうこうに関係ない自然の摂理。
今年、若い友達も失ったことで、「この人とは、もう二度と会えなくなるかも」と意識しながら過ごすようにしている。
それゆえ「生前葬」ならぬ「生前感謝」の気持ちを関わるすべての人に心の中で向けている。
わざわざ伝えたりはしないんだけどね。
ほなまた。