ついた初日は「前宮」に。
諏訪って、とにかく複雑極まる。
なぜか南に位置する「前宮」と「本宮」が「上社(カミシャ)」で、北にある「春宮」と「秋宮」が「下社(シモシャ)」なのはどうして?上諏訪・下諏訪という呼び名も南北で考えたらおかしな話だけど、要するに前宮と本宮がある方が「古い」というか、「そもそも」の方で、中でもとにかく「前宮」がすべてと言ってもいいんだと思う。これを抜かしてタケミナカタもヘッタクレもないというか、なんというか。
事実上の諏訪のトップオブトップ・神長官つまりシャーマン「守矢」氏の館が前宮と本宮の間に存在しているのも、前宮での「秘儀」がすべてだったからよ。
これについてはミゾクイ会にて詳しく話したいところだけど、すごく端折って乱暴にいうと、汚れのない「清廉」なお子様を究極的に世界と隔絶した環境に一定期間籠らせて(閉じ込めて)精神崩壊させ、つまり人間ではなくなった状態を作ってそこに自然霊を降ろすのよ。降ろすのはシャーマン守矢氏で、降ろされるのはタケミナカタ子孫と言われる諏訪家、神(ミワ)家の血を引く子供で、そのポストを「大祝(オーホウリ)」としたのよ。
だから現人神システムの原初の形と言える。
そのお籠りをする場所が「精進屋」と言って、それこそが「前宮」そのものだった、ということなんだけど、そんな場所は明治政府にとってはよろしくないわけで、精進屋の建物自体が昭和の初めに取り壊された。
でも、明治の生まれの人たちはその記憶を持っていて、、、、、というのが、この本の発端とも言えるような話なのよね。
(あら、わたしこの前、リンク間違えたかも?とにかく読むべきはこれよ)
日本原初考 古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究 (人間社文庫 日本の古層)
ま、その他イロイロと「狩猟民族」としての祭祀はこの地の土着で、大大大大大昔から営まれてきたわけだけど、ベースがシャーマン守矢氏とミシャクジ信仰で、その上にまたイロイロと出雲だとか、ヒスイ産出の越の国だとか、朝廷権力だとか、物部守屋だとかのアクティビティとキャラクターがごみごみと絡まってきて、どこかだけを切り出してもワケがわからない、辻褄が合わないって感じてたのよ。
でも、あくまでも「モリヤ」と「ミシャクジ」という音の響きが重要だとわたしは考えているわ。だってその音感から考えられるのはやっぱり聖書に出てくる「モリヤ山」と「イサク」の生贄を捧げる話以外ないもん。
・・・・で前宮行って、要するにどういうところなのか、いろいろと知ってしまったからおどろおどろしいかなと思ったけど、全然そのようには感じなかった。
きちんと処理されているからってことなのかも知れないし、絶え間なく聞こえるせせらぎの音、つまり湧き出でて流れる水がすべてを洗い流すからなのかも知れないし、とにかく清々しかった。
諏訪を清々しいと思ったのは今回が初めてだわ。人の心理って、なんなのかしらね。
どこに行っても出てくる「鎌倉」。
宗像行った時も、頼朝の証文とか出てきて、富士王朝でも頼朝が再建しようとしたとかなんとか、やっぱしどこに行っても出てくる。
最近になって思うのは、頼朝センパイって、わたしが思っていた以上に「日本中興の祖」と言える存在なのかも知れない。
子供の頃から身近すぎて、なんか親戚のおっさんぐらいの心理感。身内のことって大したことないって思いがちでしょw でも彼は結構大したモノだったんだわ。いろんな意味で。
センパイすいません、今まで気づきませんでしたって感じ。
この後、念願の「磐座」を探しに、てくてくと山の中を歩いて行ったの。