縁というものは、、、、

つくづく不思議なものだなあと思うのが「縁」というもの。

この連休は家族旅行に行っていたのですが、その直前にK君から連絡が入りました。

K君というのは5年前に他界した友達Mの彼氏です。Mが旅立つまでの約20日間、わたしたちは実に濃密な時間を過ごし、気心が知れています。

それで、「もう5年なんてね、、、」から始まるK君からの連絡は、「火曜日時間ある?昼でも夜でもいいので、そちらに行きます」といったもので、すぐに快諾したものの、「元気にしてるの?」という質問には「うん、まあ、、、」的な歯切れの悪さを感じて、ありゃ、こりゃなんかあるんだな、、、それを話しに来たいんだな、ということを察しました。

さて、そのLINEを終えた後、しばらくしたらなんとなく気持ちが悪い。胃がむかむかする。ふわふわする。眼が見えにくい、といった現象が起きました。

それがどんどん酷くなり、イヤ〜なモワモワになってきたので、緊急事態!と思わずM子さんに連絡。遠隔で観てもらいました。

それでどうやら亡くなったMが何か言ってるようだってことだけはわかったんですが、「わたしにわかるように言ってくれ!ってんだよ」と愚痴ると、M子さんから「なんでわかんないのよ!」って雰囲気のようです、と返ってきた。

笑いました。M子さんはMのことなんか1ミリも知らない。だけど、その口調はいかにもMそのものだったのです。

いろいろ調整してもらい、その場では楽になったものの、翌朝もまだモワモワがひどい。

旅行を控えてるからたまんねーなと思い、そういう時に閃くのが「佐助稲荷」です。水を汲んで、K君きたら渡そうと。

もうねー、最近は本当に、何かあると佐助稲荷に頼りっぱなしです。ほんとに面倒見てくれるんだよ。ありがたいことです。

それでふらふらしながら佐助稲荷に着くと足取り軽く元気になり、水を汲んで戻りました。そして旅行先にまでモワモワがついてくることはありませんでした。ホッ。

それで本日、K君を北鎌倉の家に招いてバーベキューがてらあれこれ話を聞いたのですが、

実はずっと体調が悪く、要するに鬱になり、かれこれ1年会社を休んでいるとのことで、最近ようやく人と話をする気力が出てきたんだよとのことでした。

それも、ある時から心臓が痛くなり、医者に行ったけどどこにも異常はない。しかし会社に行くと心臓が痛む。それで心因性のものだろうからとにかく休職しろということで診断書が出た。

数ヶ月して復職しようとするとまた痛む。こりゃもう長期休職だとなったら心臓に痛みはない。しかし気力はなく、要するに鬱状態で何もしたくない。

そんな感じで過ごしていたんだけどお彼岸だから実家に行こう、となって、その時急に姉さん(わたしのこと)に会いに行こうと閃いた。そして、今日がMの命日なんだよね、、、ってな話。

(話ついでに、わたしは人の命日を覚えられない人間。父や祖父母の命日もコロッと忘れる。要するに数字が覚えられない人間)

まあそんな話を聞きながら、

その1:Mはわたしにこの問題をどうしろと言ってんだろうか?

その2:「世代別転換期」の話にドンピシャだなあ

とぼんやり考えていた。

まもなく休職期間も終わり、復職が迫っているんだけど、この間に組織も変更があったりでどうにも気が乗らない。

やりたいことを見つけろと言われても、やりたいことなんかもうないよ!

そんなセリフを聞きながら、ああ、昨日書いた80年代生まれが一番キツいってのは、自分で書いといてほんとにほんとだな、、、、と思った。

価値観のベースは前世代に近く、しかし若手はまったく違う「使い物にならない」世代。そして社会には展望がなく、未来には希望がない。

いや、社会には展望がなく、未来には希望がないのは全世代同じだからみんなキツいけどね。。。。

【重要】世代別「転換期」について

この連休は家族旅行に出掛けて、それはそれで書きたいことが山ほどあるし、母についてのわたしの苦悩についても書いておきたいんだけど、ひとまず前回ちょっと言及した、…

でもね、そうやって身体が素直に「いやだ」って信号を発してるんだから、もうこれ以上頑張るなってことだよ。

無理にやろうったって、もう動けませんよって話だよ。

しかし、当面は生きるために会社に所属できるのならそれはそれで良いことなんだから、最低限のことだけして、「ただ単に給料もらうところ」って決めて、余計な雑音を気にしないよう、強いメンタルで過ごすのがいいよ。

周囲になんと言われようと、他人なんかあなたの人生に責任取ってくれないんだから、一切どうでもいいって決めることだよ。

そんなことをしてるうちに、きっと「自分にできる何か」を見つけられるよ。

てなことを言った。

「そうだよね、無理して鞭打っても、Mみたいに早く死んじゃうしね」と彼は言った。

そうだよ。でも、彼女はあれでよかったと思うよ。そのように生きてみたかったんだから、そしてそのように生きたんだから。

彼女はいい時に逝ったと思うよ。あのままの調子であのままの価値観(キャリアアップ)で続けていても、この社会激変には対応できなかったと思うよ。彼女が思うようにできた最後の時代だったんじゃない?

と話しながら、そうだよな、このナーコロ襲来以降、社会変化は加速度的に激変したんだよなあ。わずか5年だよな、、、、、ということをしみじみ考えた。

ともかく、この転換期にジタバタしたってロクなことはない。

さらにその先のことを考えて憂鬱になっても、さらにロクなことはないよ。

今から少なくとも5年程度は、我々はとにかく「生き抜くこと」だけを考えるに限るよ。

聞けば、突然連絡してきたと思ったらネットワークビジネスの勧誘だったりとか、しょーもないことが多いらしい。おかげで人間関係の整理がだいぶ出来た、とのこと。

登録させたら3000円もらえる程度のことでしつこく連絡してくるとか。

その世代みんな困っているから、ちょっとでも懐に入るなら何でもやろうと思うんだろうか。なんのスキルにもならないことに。「努力はしないで稼ぎたい」のゲロスピとまったく同じ心理じゃん。

3000円程度の利益なら、普通に株でもやればいいのにとわたしは思うけどね。

ともかく、「みんな困っている」の現実だけはあるってことだ。

さて、Mはなんだと言ってるんだろうか、わからないから最後に少しエネルギー調整をしたら、割とすぐ整った。

もうMのことはいいから、自分の人生だけ考えなよって、彼にもう少し元気が戻ったら言おうと思う。

わたしとしては、庭で育てた野菜を食べさせて、薪を燃やして火をガンガン焚いて、来た時より元気になって帰ってもらう、ということができたのでホッとしている。次は草むしりでも手伝ってもらおう。それは瞑想なんだよ。

それにしても縁というものは本当にわけわからないものだなあ、、、、

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA