体調不良と地震

日曜の午後、なんだかフラフラする。なんだこれはと思っていたら、どんどん体調悪くなり、夜は8時に寝てしまった。

翌朝も頭痛くて、フラつくし、気力もないし、頭も回らない。喋るのも辛い。

ちょっとこれは無理、、、、とアポをキャンセルさせてもらい(申し訳ない!)、横になっていたわけだが、そーゆー時、

もしかして重篤な病気なんじゃないか

→ だとしてどうする?

みたいなことを考える。

こういう時に常に最悪を想定するんだよねわたし。

「もしかして死んじゃうんじゃないか」と考えて、「だとして何が問題なのか」。

問題は特にない。だけど、そうするといわゆる物品の処分だとか、家の処分だとかはどこへ行くのか的なことを考えると、母が存命なら母だが、そうでなければそういったもの全て、従兄弟に始末をお願いすることになる、というのが現実で、彼はしっかりしてるしいい子だし、不動産屋だからまず完璧にやってくれるでしょうけれど、普通めんどくさくてやりたくないわな、とか。

や、でもこれ結構現実。

ま、しかし待てよ?死んじゃうったって明日死なないわけで。

んなこと言ってうるちに戦争と食糧難で従兄弟の方が先に死んじゃうかも知れないじゃん、そしたらどうなる?

やばい、まじで遺言とか、実は考えとく必要あるんだね。

そんなこと子供いない人みんなちゃんとやってんの?ヒーーーーーーーーー!

とか。いやー、現実ってそういう話よね。

一方でわたしはつねづね「ホモサピエンスの最終世代として死にたい」と思ってるから、その希望は叶うんだよ、

って考えると「何がなんでもこれ以上生きてたまるか」ぐらい思えてくる(爆笑)

だってこの先生きながらえちゃったら「改良」されちゃうじゃん。ホモサピエンスじゃなくなるじゃん。

→ だとして、なんでそんなにそれが嫌なんだろう?

食わず嫌いじゃないのか?

実際、ホモサピエンス自体が、なんかの能力を「削られて」誕生した可能性があって、(っていうか、そうでしょう?)

それを遺伝子技術とデジタル技術で「改良」しようという発想自体、100% 悪とも限らない。てか、正直、「気持ちはわかる」と言えなくはない。

だけどなんとなく「それはやだ」と思っている。

思っているけど、なんで嫌なのか。

・・・・・みたいなことを考える余裕が出てきて、ちょっと喋れるようにもなってきたから

さすがに病院行った!かかりつけ医のとこ。

病院行く決断ってわたしにとってかなりなこと。

「先生、わたしかなりヤバいかも」

「ヤバいかどうかは、とりあえず検査してからにしましょうか(笑)」

ぐらいの会話ができる、我が町のいい先生。

で、クリニックで採血してたら、東北ででかい地震。

・・・・・やだ、そゆこと?

こないだもやたらアタマ痛いなと思ってたら、栃木の方でデカめの地震だった。

ただね〜〜〜〜、以前から地震前に体調悪くなる体質だけど、最近のはちょっと体調不良のレベルが激しいよ。

で、今日は普通に人間としての機能戻っています。

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