「脳内で音楽が鳴らない人」がいるらしい
ねーーーーーー
子供の頃ってさー、「みんな自分と同じなんだ」って思ってるじゃない?
自分が感じているように、みんなも感じている・・・のだろう、、、っていうより、そうに決まってるというか、疑いもしないじゃん。「まさか自分だけがそう感じているんだ」なんてことは考えもしないわけじゃない?
例えば小学校の頃、わたしは人が嘘をついているのがすぐわかった。嘘っていうか、まー隠し事してんな〜とか、本心じゃないな〜とかはすぐわかる。
当然、みんなもそれがわかってんだろうって、特に疑問も持たないわけだから、ある時「も〜、あの子は嘘ばっかつくよね〜w」的にぽろっと言ったことが、かおりちゃんは〇〇ちゃんの悪口を言った〜みたいな話になるの。
・・・・・ところがなんかの折に、その子が嘘つきであることがバレて、親とか先生とかも出張ってくるようなプチ事件が起きたりして、「(かーーー!だから言ったじゃん)」て言わないけどわたしは内心思う、とか。
物語(っていうか、ことの顛末)の結末が見えるのに、何でみんなわかんないんだろ?みたいなことは多々あったモンだよ。
オノレと他者の違いってさー、いつ頃はっきり認識しだすんだろうね?
や、この場合は、主義主張の違いとか、モノの「見方」の違い、とかじゃなくて、もっと本能に近いような「感じ方」のことね。
というのは、こないだ知ってビックリしたことがあったんだよ。
「脳内で音楽が鳴らない人がいる」ってことなのよ。
また、「見たものを脳内画像にできない人がいる」んだってことも。
断っておくけど、例によって優劣の話ではないよ。(まーもう、そういうアレに過剰に反応する人は、ここの読者ではないと思うけど念のため)
どゆことかっていうと、例えばだねー、誰でも知ってる「勝手にシンドバッド」という曲を思い出してみて!
脳内で「♪らららーーーーららら らららーー」って鳴るでしょ?ところが、それが「ない」人がいるってことなのよ。
衝撃を受けた。誰の中にも音楽は流れるものだとばっかり思ってた。
後者の方は、例えば「すいか」を見たとするでしょ?そしたら脳内で「🍉」は画像化できるよね。動画にだってできるでしょう?丸いスイカにナイフを入れる、タネがみっしりついている、、、とか。
ところが、その手の人にはその機能がないってことらしいの。
いやーーーーー、わたしすごい衝撃を受けたわけ。どうしてだか知らないけど。
それで考えたんだけど、我々は見たオブジェクト、聞いた旋律を記憶のハードディスクに入れて、好きな時に呼び出せるってことよね。
多分、それをあまりに「普通」やってるから意識していないだけで。
・・・・・・・・しかし、記憶のハードディスクは実際、個々人が所有しているものではない、ある種のクラウドに入っているんだけど、
今日はややこしくなるからその話は置いといて、この「呼び出し」が効かない世界って、いったいどういう世界なんだろう?ちょっと興味が出た。
→ もし、これを読んでる人で、それに該当するっていう人がいたら話を聞かせてほしい。
や、それでね、
それって「感性」の話じゃないじゃない?
「機能」の話だよね。
てことは、感性(sensibility)は機能(function)に紐づいているってことだよね?
・・・・・だから「どーーーーーやっても絶対に話が通じない人」っていうのは、そもそも機能差があって、38度線だってことよね。
でもさー、
オノレと他者の違いなんてさー、たぶん死ぬまではっきりわからない、不明でいつづけるんだろうね、、、、
・・・・・ということを、昨日ライブ観に行って感じたのよ。
また書くね。

