「縁」というもの自体が黄金律なのかもしれない
本日は復活祭(イースター)。
昨日、ハッと思いついて、ダメ元で美容室に電話した。「明日、まさか空いてないよね?」と。通常なら、予約は1週間以上先になる。
ところが「明日の12時だけ空いてるよ!」となったので、本日行ってきた。
美容室の前に、行きつけの喫茶店(カフェじゃないよ)に顔出そうとしたら満席で諦め、美容室後に寄ることにした。
この喫茶店はローカルならみんな知ってる喫煙可能な店で、オーナーYさんの家は、わたしが子供時代まだ珍しかった本格イタリア料理屋を鎌倉にオープンさせた家。今となっては老舗と言える。
そんなわけだからYさんもイタリアには深い縁があって今も毎年息抜きに行ってる。
で、とにかく、美容室後に入ったら、わたしの隣に馴染み客らしい女性が座った。
何とは無しに話が始まり、あらためてYさんが紹介してくれたのだが、この女性Kさんもイタリア繋がりで、向こうで暮らしていた期間はわたしと被ってる。アパレルのバイヤーとして成功していて、その後料理の世界に入ったりして、、、といういきさつを一通り聞いたんだけど、そもそも話の始まりが
人間には色々な「詰まり」があって、詰まりが取れると不調なんかなくなる、ということをK子さんがしたからで、
あーそうですそうです、その通りです、とわたしが同調したところからお互い関心を持つことになったんだけど、
出会ったばっかで普通そんな話はしない、というディープなレベルまで一気にいった。
しかも、
なんとこの人は薬草園をやっていて「今や自分は《土の人》だ」って言う。
やだ、わたしももはや《土の人》。畑がないから実家の庭をナノ農園にしてる。
それで教えてもらったその農園がなんと!畝を黄金律に仕立てていた!

や、まじか!と思った。てか「キターーーー!」って思った。
で、これはお遊びなんかじゃなくて、覚悟を決めて土地を取得していて、詳しくは今書けないけど、すでにここで栽培されたあるものが全国に流通する「それ」の大半を占めている。
で、実はわたしも昨年から「それ」を育ててもいいなと思っていたりで、ちょっとここまでくると流石にゾッとしたというかなんというか。
今週ちょっと時間がないから、LAから戻ったら畑を訪ねることにした。
ともかく話は過去生の記憶、みたいな領域まで進み、
どうしてイタリアなんかに行ったのか、その謎解き、答えあわせも終わった今では、別にもうイタリアにまた住みたいとは思わない、ってところまで一致していた。
こういうことは自分にしかわからない驚きだとは思うけど、わたしのナノ農園活動も、もし拡張するとしたらどんなことができるんだろう?とうすらぼんやり考えていただけに、流石のわたしも本気でびっくりした。
もし、美容室が今日の予約が取れてなかったら?
もし、朝の時点で喫茶店に入れてたら?
そんな人とは出会ったりしなかった、ということだけは事実なんだよね。
そんなわけで、縁とはそれ自体が黄金律(Golden ratio)なのかもしれないと。
わたしにとっては願ってもない復活祭の贈り物になった。


