わたしはそういうタイプではない
人生の「根本的な」転期を感じているという友人から、コーチングのオーダーが入りまして、いろいろと感慨深いものがあります。
わたしはそもそも、直接の友人(昔から知ってる人々)にこちらから営業かけるということは基本しません。わたしのやってる仕事を知っている友人で、お互いワケわかってる場合、「それならこれが効くかもよ」はあります。
が、悩んでる人や不調の人をつかまえては自分のやってることを売り込む、というようなことは基本的にしません。
アクセサリーを制作して売る、を始めた時から、友人を相手に商売するつもりはありませんでした。内輪だけでなんかやってる感じで終わりたくなかったし、友達だから義理で買うとか、友達だから割引しなきゃとか、そういうシチュエーションの発生が嫌だったのです。
そんなわけだから、なかなかジレンマもあって、あーこの人には施術なりコーチングなり、本当は勧めたいよなあ、、、と思うことは多々あるけれど、基本黙っていようというのが自分ルールです。
で、この友人なのですが、かれこれ15年ぐらいの付き合いで、わたしは彼女の凄さ、立派さをよく知っています。
どんなことを、どんな方法でやり遂げてきたかも見てきて敬愛の念を持っています。
それゆえ、人にあれこれ言われたくないタイプだということも知っているし、生半可なことでは納得しない人だということもよくわかっています。
そんな彼女から、ロングタームでのコーチングを引き受けたことは光栄なことでもある。なぜなら信頼の問題だからです。信頼に値する、と踏んでもらったからこその。
この人はそう簡単に人を信用しない、実によく見ている。
そして、「これまでにカウンセリングだの、コーチだの付けた中で思ったことは、「結局、その人(サービス提供者)が自分の話をしたいだけなんじゃないの?」ってこと!」と言うので、思わず笑ってしまいました。
だって、、、、実はわたしもそう思っていたんだもの。
コーチやカウンセラーを名乗る人の多くが、「自分の辛かった体験談を話したいだけ」、「自分の公式に相手を当てはめたいだけ」で、要はその人自身がぜんぜん「癒されて」も「目覚めて」もない、でもな〜んかマウントをとりたいだけ(笑)。
まー、あんまし言うとアレなんで、やめときますが、「そういうケースが非常に多くて、ほっとんど信用できない」と彼女は言うわけなんですが、さもありなん、、、、と思った次第。
やめときますがと言ったものの、どういうことか少し例で説明します。
というのは、わたしがこれもんのタイプだと考えられるのを避けるためです。
以下、例です。
カウンセリングをやっているという、ある人「A」がいて、たまたまわたしのクライアントだった人物「B」も同席するような場面がありました。
Bは、家族にまつわる非常に辛い特殊な体験(事件と言ってもいい)の後で、エネルギー的に消耗し切っていたわけなんですが、Aはしきりに「断捨離」を勧める。その家族の遺品を処分しろとかなんとか。
しかしAはBの事情を一切知らないんですよ。だってAのクライアントではないし、BはAにアドバイスをくれなんて一言も言ってないんですよ。しかも、そもそもそんな話をするような機会ではなく、まったく別な目的で集まった場だったんですよ。
なので、わたし「いやちょっと、、、、そういう話じゃないんだわ。特別な事情もあるから、、、、」とその場で言ったんですよ。
カウンセラーを名乗るプロなら、そこで気づくべき。自分の出る幕ではないと。少なくとも黙るべき。
ところがAはさらに押す。「いや、辛くてもそれをやるんだよ!わたしはそれで軽くなったから」と続いたので、その時Aという人物の力量が知れた気がしました。
自分の公式が、よその誰にでも当てはまるわけないですし、「軽くなる」と「解決する」ってまったく違うことなんですけど、きっとそういう違いすら考えない人なんだろうな、、、と思いました。
同じ人について、なんかの相談事をしたら、本人の傷に触ったのかいきなり感情的に昂って説教始めた、という別な話も聞きました。
・・・・・・例はもっとあるけど、ここでやめときます。
で、強く言っておきたい。わたしはそういうタイプではないです。
あくまでも、個別の事例に対しての解決策を探り、伴走します。必要な時だけ、自分の体験談や、類似のクライアント事例をお話しすることはあります。
その方の特性をお互いにクリアに把握するために、思い込みではないジョーティシュのデータを共有することもします。
コーチングは、クライアントが自ら深く気づいて「ハッ!」とする、を重視しているので、アウトプット中心のプログラムを用意します。
話の前置きが長くなってしまったぜ。
で、とにかく、この数日は「怒涛の」って感じでした。人の「根本的な転機」にはいろいろなことが起こるものなんだなぁ、、、と噛み締めてます。
いろいろ起こるのは、複合的な要素(・・・その人の考え方、肉体への意識、霊的な(家系的な)もの)が複雑にこんがらがっているからで、詳細書けないけど、スクランブル出動みたいなことが立て続いてました。
その時は気が張ってるからなんでもないんだけど、案件によっては、やっぱりものすごくエネルギー的に「持っていかれる」ことってあるんですよね。
→ ついでに言うと、ヘヴィなクライアント案件のせいでクタクタになっちゃうこと、そのダメージをわざわざ大袈裟に書いたりするのも、なんか見ていて違和感を感じたりするのでわたしはあんまり書きません。依頼者に罪の意識を被せてるようなもんじゃん、、、、と感じることがあるので。
でもダメージある時は、ほんとあるんだよ(笑)
(笑)って話でもねーわw
サイトを、牛歩戦術で整えています。セッションはどうしたらいいんですか?とよく聞かれるので、初めての方はこちらからお願いします。
ジョーティシュも、自分の設計図を把握すれば「自分らしさ」とか、もう馬鹿馬鹿しくて言いたくなくなるよ(笑)
セッションのフローについて説明するページも必要だよね。現在着手中です。
では、良い連休を!

