島根旅:温泉津温泉〜朽ちていくものに美はあるのだろうか
忘れた頃に、この続き。
11月24日。朝、かつては宍道湖の水がかぶるところにあったという売布神社に参拝し、神主さんのあげる大祓祝詞響く中、塩番茶をいただき温まる。
ここは速秋津姫(祓戸の神)が主祭神。何もかも「水に流す」お役どころの神。


そして一路石見へ。物部神社の鎮魂祭は夜8時からなので、昼イチで座席を確保してから湯泉津(ゆのつ)という小さな入り江に面した温泉郷に足を伸ばす。

そこで「薬師湯」という、おそらく大正時代のモダン建築を残した元湯に入り、あまりの湯質の良さにビックリする。わたしの温泉人生の中でも5本、いや3本の指に入るんじゃないだろうか。。。。

この写真はここから拝借。https://www.kankou-shimane.com/spa/detail/42_yunotsu

温泉の所在は平安時代から知られ、温泉場として開発されたのは室町時代。当然ながら、当時からの鉱山開発、製鉄とセットだろう。
そしてここの湯は「原爆症を治した」とあるから、薬効は強力なのだろう。
また同時に、「原爆症」=皮膚の爛れであるわけで、そうなるとやっぱり原爆と言われているものが、本当に核爆弾による放射能なのか、実は毒ガス兵器だったのか、、、という疑問がむくむくと湧き出てくる。何れにせよ、ああ、治った方がいるんだ、どんなにか嬉しかっただろう、、、と想像をめぐらす。

そしてあの小さな入り江は北前船の寄港地でもあったそうだから、当時はどれほど栄えたのか!今はその栄華の名残りが痛々しい。
ちなみに北前船というものも、実際は何を運んでいたのか、なぜ寄港地はどこも大繁盛したのか、、、、という最近の疑問も自分の中で解決済みではある。
現代のアタマで我々が考えるほど、歴史というのは美しいものでもない。だから語られることはない。


いかに繁盛していたかを示す昔の写真。

今では寂れきって、ほとんど手入れされていないお宿がずらっと並ぶ。「夢のあと」という感じがする。かつての往来を脳内で再生してみる。

壊すにも資金が必要だろう、廃墟のまま、朽ちに朽ちるまま。日本全国こんな光景ばかりだ。
ただでさえ過疎進む田舎町の廃墟化を加速させたのは間違いなくナーコロだろう。あっちゃんは「10年前はまだ、ここまでじゃなかった、、、、」と言葉を失っていた。
こういった光景もある日突然撤去され更地になるか、あるいは自然のなすがままに年月とともに緑に飲み込まれていくのか。そしてその地面の下は、人知れず熱い水が流れ続ける、ということになるのだろうか。脳内がそんな光景を描き出す。
そう、人の脳なんてそもそもAIだ。

塀が傾いでいるかつての豪商邸。これが大きな一つの時代の終わりを示している気もする。「もう、どうにもならない」を感じる。

朽ちていくものの姿にわたしたちは何らかの美を見出したりするんだろうか。
朽ちていくものの「姿」ではなく、朽ちていなかった時を想像する行為、意識のはたらきが「美」なのかも知れない、なんて考えたら、“La beauté est dans les yeux de celui qui regarde”と言ったオスカー・ワイルドを思い出した。
歩いていると、頭上の向こうからふと気配を感じて見上げると、「岩」だった。

それは神社の御神体だった。早速そこまで登ってみる。岩の呼びかけに応える女w

龍の咆哮。ジャガーとか、ネコ科の動物にも見える。この岩盤が温泉街一帯を走っていて、熱い湯はこの岩から出ている。龍脈なんだろうか。迫力ある!



このあと、近くに酒蔵があるのを知り、寄ってみた。

2本選んで買い、「今日はどこから来たんですか?」
「鎌倉です」
「鎌倉どちらです?」
「あら、ご存知ですか?」
「昔、鎌倉で働いてましたよ。だいぶ昔のことですがね」
「!!!!」
となって、店主の記憶引っ張り出しゲームみたいになったのだが、「えーと、神社の前、いや、たしか観音様の前」っていうから
「もしや長谷観音ですか?」
「そうです!」
「やだ!わたし、長谷から来たんですけど」
「えーーーー!」
てなことがあった。
ちなみに、「え、じゃあ、働いてたというのは萬屋さん?」
「そうですそうです」
ということで、さらにひっくり返った。
萬屋というのはかつてあった酒問屋で、今、その建物はウエディング会場になっている。わたしはそのウエディング会社の仕事をしたことがあり、会場のオープニングパーティにも出席している。
この夏、足利旅行に行った時も、泊まった旅館の当主が歴史を説明してくれ「そもそもは北鎌倉に松ヶ岡というところがあって、、、」と始まり、「やだ、実家の近所です」となったわけだが、どこまで行っても鎌倉がついて来るようで狐につままれたようなおかしな気分。
こんなことってあるのかな。ほんとビックリした。

そんなわけで、温泉津を後にした。


