幸せすぎてLAで号泣するの巻

LAでTAKANAKA観てきました。

いや、ほんと素晴らしかった。てか、この滞在自体があらゆる意味でほんっと素晴らしかった。

やー、まーわたしの場合、常に脳内360度カメラみたいに多層すぎて、全部を伝えたいけど言語が脳内に追いつかなくて、何から書いたらいいかすらわからない。

でも、なにより先に、今回入手困難なチケットを取ってくれて、おうちに泊めてくれて、ずっと付き合ってくれた寛容なLAのお姉さんに感謝してます。

昨年このワールドツアー開催を知った時、秒で「行く!」と決めたんだけど、ロンドンは飯マズだし(今は美味いらしいがにわかには信じられない)、NYには魅力を感じないし、シカゴなんかどこにあるのかさえ知らないから、SFかLAかな〜とうすらぼんやり呟いた時に「LAならどうぞ」と言ってくれたこの人がいなければ何も実現しなかったわけで。

またこのお姉さんと数年前に出会わせてくれた、今は安否がわからないある方にも感謝しています。

ご縁というけれど、本当に糸のようなもので我々はつながっている。どんな縁にもハブとなる物事や人物が介在している。たとえその後、ハブとなった物事や人物と疎遠になっても、感謝の気持ちだけは残ります。

だから感謝の向き先はどんどん奥の方へ、そして四方八方に階層と面積が広がっていく。それでまた、腹の底から得もいわれぬ熱いものを感じてしまいます。

また、秒で「行く!」と決めた強く短く純粋な想いは絶対叶うんだってことも実感しています。行きたい!絶対素晴らしい体験になるから、別にいくらコストかかかってもいいと瞬時に思いました。

あ、もうひとつ、

本当は直前まで「行くのどうしよっかな〜」とウダウダしていたことも事実で、なんかこの世界情勢の異様さ、ビビらせゲームにやられそうになっていて、DNなんかは行くのやめて欲しかったみたい。

だけど、出発の10日ほど前に毎年国内でライブ見に行くお友達がうちに来て、昨年のLA公演の配信見たらやっぱり泣いちゃって「これは絶対行ったほうがいいよ!行けるんだから、行きなよ!」と背中を押してくれたことにも感謝です。

・・・という謝辞をとにかくまず先に。

で、コンサートはとにかく凄かった。渋谷公会堂の倍ぐらいのキャパの会場は、開演1時間ぐらい前に着いたらとんでもない列ができていて、みんな10代〜20代(つまりZ世代)。噂には聞いてたけど、って感じで、いやはやここまで凄いとは想像ついてなかった!

前日には現地のストアでレコードの再販があったようで、それにも長蛇の列で即SOLD OUTとか。

そうだよな〜、わたしも10代の頃にレコード屋で買ったんだよ。新作出るたびにウキウキしたもんだよ、、、とか脳内プレイバック。

で、場内は開演待つ間もすさまじい熱気。思うに、それは「若い子」が持つ、ものすごく純度の高いエネルギーで、それだけでウルウルきました。それこそが「日本には存在しないもの」だと感じて軽いショックでもありました。

ライブ始まって終わりまでボルテージMAXで、しかもステージ場も客席も全員幸せな顔している。いまだかつてこんなの見たことないし、これからも見ることないだろう。

鳴り止まないTAKANAKAコール、WE LOVE YOU!とか、アリガトゴザイマス!とか、若いやつらの絶叫を浴びて、高中も幸せな男だな〜と思った。

本来ならば50年前にこの現象が起きたっておかしくなかったはずだけど、音楽業界の「慣習」として、レコードを「ジャンル分け」してセールスするというアホな壁のせいで世界に出られなかったのが、インターネットが普及したおかげと、ナウの音楽がクソつまらなくなってくれたおかげで、ジャンルに分類されない高中の音楽が純粋なものを求めるZ世代に響いてるってのもまた美しい。

で、これも、若い頃「日本より、世界の方が評価される」って本人強く願っていたことが叶ったんだよなぁ。他のミュージシャン仲間みんな死んじゃって、現役でやってるのは彼だけになって、人生の終盤でデカい波がキタって話も美しい。

それからこの若い子たちにとって、高中は俺らの前世代におけるビートルズみたいなもんかもなー。それまで聴いたことなかった音楽なんだろう。

きっとこの群衆の中から、彼に影響されて音楽始めましたって子が、10年後にトップアーティストとして知られるようになるんだろう。

この後、世界はとんでもない大混乱に陥るかもしれないが、この子たちの脳内で彼のメロディが再生され続けていくのなら、世界の中に美しさが生まれるだろう。音楽っていいな。

とか、そんなことを考えたし、

自分の人生が幸せすぎる。いろいろ振り返ってみるけど幸せなことしか思い出せないし、この瞬間もめちゃめちゃ幸せだ!という強烈な実感に涙が出てきて止まらなくなって、終盤から大泣きしてしまいました。

アホみたいに泣いて街に出たら何かが洗い流されて、子供の自分に出会ったような気にさえなりました。

帰りの飛行機で、どうしてZ世代にあれだけウケているのか考えたんだけど、

要するに、若いやつらはイデオロギーに辟易しているから、なんじゃないかと思いました。

歌詞がないことイコール何かを叫んでいない!ってことなんだよ。

高中の音楽は「高中というジャンル」で、国籍や民族性、または所属を感じるものでもなく、ひたすら軽快で爽快でメロディアスで、ちょっとウェットで、心の琴線に響く。ライブではそれがダイレクトで、若く純粋な人間にとってそれは栄養だと思う。

例えばブルース・スプリングスティーンは今、大統領に対する強烈な批判を歌にしている。それはそれでさすがだなと思うものの、わたし個人はやっぱりそういうムーブに乗る気になれない。

何かに反対したり、抗議したり、批判的な声を撒き散らすこと、感情的にそれに乗ることで「何か」は満たされるかもしれないが、若いやつらはイデオロギーが人を幸せにしないことを知っているんじゃないか、と閃いた。

それよりも脳内に流れる美しいメロディーを愛する方が大切だとわかっているんじゃないか?

・・・・てなことを考えたら、希望しか感じない。

ちなみに言うと、日本でもかつて、上の世代が「反戦」とかを叫んで歌にしていた時、加山雄三は「ボカァ幸せだなあ」と歌ったわけで、

反戦ロックが「正義」であり「主流」だった時代に、僕は君といるときが一番幸せなんだと歌う勇気の方がよっぽどロックだろ!ってわたしは思うわけで。

時代がどんなになろうとも、自分の中に幸せを見出せる力がある人間が増えたらいいよね。NOよりYESが、わたしは好きだ。

・・・・・まあ、そんな結論に至り、帰国しました。

とにかくすべてが素晴らしい滞在でした。

アメリカに何も期待していなかったけど、期待がないからこそ何もかもが嬉しくて楽しかった!

わたし本当に幸せな人生を生きている。過去のやなことですら幸せに思える。てか、やなことを思い出せないんだよ。

この世界のすべてに感謝しかないです。

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