音とリズム、グルーヴとマントラ
昨日、特派員から送られてきた動画が、予想を超えて感動的だった!
ポカホンタスみたいな女の人が音について解説してくれてるんだけど、音楽理論とか習ったことがないわたしみたいな人間にめちゃめちゃわかりやすく、
はっ!そーゆーことか!って何度も思った。
見てみて〜(大袈裟なサムネイルは無視してw!)
いくつかメモしておく。
◉わたし、いわゆる「ヒーリング音楽」みたいなのが気持ち悪い、、、てか別にぜんぜん気持ちよくないじゃんと感じてたんだけど、その理由が分かった!
ヒーリング音源て綺麗な音ばっか集めて入れてるからで、自然界はすべて変拍子、そこに揺らぎがあるから気持ちがいい(→整う)んだよって話は、わたしが物事に感じる違和感をすべて説明してくれてる気がした。
つまりわたしのバーイ、「キレイキレイなだけのもの」が気持ち悪い。なんか居心地の悪さを感じる。
学級委員長みたいな感じ?新興宗教のパンフレットとかの感じ?
「正しい」だけじゃわたし受け入れられない。
この世界には汚いこと、ダサいこと、みっともないようなこともあって、笑顔の裏には涙もあるっていうかさー。
全部内包しているのが人生だし、この世界じゃん、て思うから、美しいイデオロギーとか「オエっ」って本能的に感じてしまうんだよ。
要するに「感じ方」で、それは「センサー」の問題なんだよね。脳みそ(もしくは皮膚、たぶん、皮膚!)の問題なんだよ。
それを「良い・悪い」の話にされるとイラッとくるんだわ。
そんでイラッとくる、の裏には「この人には言っても通じねえな」があるんだわ。
・・・・・という自分のことがわかった。
◉リズムとビートとグルーヴ!
グルーヴは「生まれる」もの。空間に発生するもの。
◉音階に比べて「リズム」はぜんぜん認知されていない!
ガン細胞に音を聴かせると治る、みたいな話も、「音」については研究されているがリズムは置き去りにされている件。これ確かに、マドモアゼル愛せんせいの周波数発生装置みたいなの買ったけど、やっぱわたしにはつまんないんだよね。
音を聴かせるじゃなくて、リズムを加えたら「音楽」になる。
リズムとは「時間」がなければ成立しない(目から鱗!)。リズムとは「余白」。音のないところに、本当の音がある。
→ これ音叉の治療と同じじゃん!
音叉を鳴らして、音が消えた(と人間が感じる)時に、エネルギーが入ってくる。作用/反作用の原理。音を出す→音が入る。
だからお寺の金も同じこと。ゴーン、の後に鐘の下で佇むから清浄化する。音を聴くものじゃなくて、「静寂」を味わうもの。(だと俺は思っている)
◉日本人は「間」の文化。
◉結局のところ、ポリリズム最強!!
→だからブラジル音楽が最強だと俺は思っているんだよ。ブラジル音楽に親しんでしまった後では、どんな種類のものも「ふん」て感じなんだよw
ああ、生きる喜び!大地と心臓の音!
楽器みんな違うことやってんだけど、生み出される調和!そして得体の知れないグルーヴ!
・・・おっと、ポカホンタスから離れて話がブラジルに行ってしまうw
まー他にも目から鱗が落ちるいろんなお話されてはるからじっくり動画見てみて!
で、
◉JSバッハ先輩
バッハ先輩の凄さについて解説されてて、ダライラマの真言と同じだっていうから、いくつか聴いてみたんだけど、わたしにはヘヴィメタ旋律にしか聴こえないから、「つながる」とか「浮遊感」というより、コーフンしてしまうんだよねw
LAのお姉さんがこれを教えてくれたけど
素敵な音で普通に好きで、15分ぐらいから蝉の声にも聞こえる。(俺の異常さだと思う)
でもたぶん、わたしには低音がないとマントラ風には感じられないんだろうなあと思う。
それにしてもバッハ先輩の音数の多さといったら、確かにモーツァルト先輩と比べて桁違いなんだね。。。。
◉音と記憶
人は記憶と音を結びつけている。
雨の日に楽しい思い出があれば、雨音を聴くことはウキウキしたものになる。同様に辛い記憶があれば憂鬱になる。
「治療」は記憶を書き換えることが大事。それは言葉による作用。
まあ、以前にも書いたことあるんだけど、
わたしが「神」のことを捉え直した、向き合い直したのはサンバがきっかけで、リズムと自然崇拝的な歌詞、人生に対して肯定的な歌詞、神に捧げる感謝の歌詞に素直に感じ入ったからで、
たぶんそこから人生が明らかに変わったから、ブラジルには感謝しかないよ。
それだって考えりゃ奴隷貿易と植民地政策の産物なんだから、本当にものごとは二元論で片付けられないよ。
やっぱこちらの方がわたしにはマントラに近い。
ほんと、みんなできるだけいい音楽をたくさん浴びた方がいいと思うよ。

