「被害者意識」に対しての目からウロコ的発見
どうでもいい発見から一転して「あ〜」と思ったことメモ。
その前に、さらにどうでもいいんだけど、年末Youtubeが、わたしの視聴動向を勝手に分析してくれてなんか言ってきたんだけど、


日本の文化
世界の歴史
動物の生態
庭
社会問題
に関心があるわたしのような視聴者は世界に3%しかいないのか!ってことに驚いたんだけど、じゃあわたしに表示されるアルゴリズムはみんなにも表示されてるわけじゃないのね。。。
まーしかし、「あなたみたいな人は世の中の80%」って言われたら逆にショック受ける、、、良かった、正真正銘の「マイノリティ」だって堂々と言えるわ!とかごちゃごちゃ考えてジワジワとウケる。
というところで本題なんだけど、そんなわけだから、とにかく時々バグのようにわけわからない言語の動画がオススメに上がってくる。
でね、
昨日ハングルの動画で、高市とキムチの大統領が法隆寺を散策っていうのが、なぜか突然表示されたから一瞬見たのよ。
これモンのやつ。(実際、見たのはこれではないよ)
で、ものすごいコメント数ついてて、すべてハングルだから何が書かれてるのかなと、翻訳機能で見てみたの。
そしたらそれが凄くてさー
「わあ!!これはまさに百済そのもの!日本が盗んでいった私たちの文化!」
「なんと美しい我が国の遺産、早く取り戻せ!」
「我が国の素晴らしい芸術や文化遺産のほとんどを日本が盗んでいった!」
「日本はなんでも盗んで自分たちのものだと言ってる。恥を知れ」
「なんなら取り戻すために武力を使ってやってやんぞ!」
とかそんなようなのがズラーーーーーーーーーーーっと並んでるわけ。
わたしちょっと「え、、、、、、、」て感じで面食らった。韓国の人たちってマジでそう考えてるの?あまりにもすさまじいわけ。
日頃たまに見ている若い韓国の配信者たちがレポートしている民衆心理とまるで違うから、どっちが現実なのかな?って考えたりもしたけど、
と同時に「一生を被害者として生きたい人たちもいるんだ」って思ったの。
まー、あの国の場合は怒りの導火線に火がつきやすいお国柄。
政治的に何かあると必ず被害者意識を焚きつけられて、民衆ノセられて怒りを爆発させるってのを繰り返すお家芸は伝統文化とさえ言える。
まーしかし、法隆寺というか百済の文化を「盗んだ」ですと?
・・・という教科書上の歴史の話をしたいわけじゃなくて(むしろそういう話にはウンザリ)
これを一般的な単なる「被害者意識」というものに置き換えてみた場合、反対側からは「またそれかよ(一生言ってろ)」としか思わないんだ、ってことに改めて気づいたよってことを言いたいのよ。
正しい正しくないじゃなくて、人の心理って「そういうモンだわな」ってことが言いたいわけ。
被害者意識って厄介でしょ。
すーごく深いところに浸透しちゃってるから、どんなに頑張っても「どうせ自分は被害に遭う」って潜在意識が働いてしまうんだよ。
そういう人の口癖は「どうせ〜ない」。
「自分の商品はどうせ誰にも買ってもらえない」とか。
「どうせ自分は認めてもらえない」とか。
で、この潜在意識トリックをわかってる人は「どうせ」を連発している人(の口癖)に気がつくけど、本人は気がつかない。
で、どうせ派の人は、どうせ力が働くから、状況改善の努力よりか「ダメ」前提で収束させていくことに意識が働く。なのでダメになる、ポシャる方向に現実が動く。
残念だけど、ある程度の年齢の人でこの手合いとは一緒にいて、いいことないです。
あなたは見兼ねて「どうせ」はやめなよ、と諭すかもしれない。でも、見ててみ、その人はあなたを逆恨みします。自分のことバカにしている、とかなんとか。
だって、被害者意識ってそういうものだもん。
そしてあなたは思う「またそれかよ」。
被害者意識を持ってる人は、被害者意識を共有できる人としか仲良くできない。
だけど、どちらかが被害者意識を手放したら、その関係は壊れるよ。相手はもうその話に付き合わないんだってば。
被害者意識は残念ながら、その人を苦しめて終わるだけ。その人は怒りジェネレーターとして機能するだけ。
まんまと龍蛇神のエサ製造機。
・・・・てなことを、その動画コメント見た後でぼんやり考えたよ。
でね、
わたし最近Youtubeのアルゴリズムには警戒していて、うっかり見ちゃった動画できに食わないのは視聴履歴から消してんの。
そうじゃないと同じチャンネルとか、似た内容の動画が上がってくるから。
その動画も速攻で履歴から消した。
あーそうだ、このお話メモしとこ、って思いついたから、くだんの動画を探したの。
でもぜんっぜん見つからない。それも相当怖いと思ったわ。
もしかして、餃子の国の工作員によって付けられたコメントだったかも。それで、配信者は動画削除したのかも。(深読み選手権だけど、今や何でもアリだからね)
ところで、わたしは最近
「この世界に被害者なんていない」
って思うようになった。
誤解しないでね。「イヤな思いをした人、何かの犠牲になった人がいない」っていう意味じゃないんだよ。
この「牢獄世界」は陰陽でできている。
だから誰かが陰の役割を背負わなきゃいけない。
状況によって個人かもしれない、チームや団体かもしれない、地域かもしれない、国かもしれない。
何がしかの犠牲を差し出す必要があって、誰かが「負の体験」を担ってくれているから成り立っている。
それはそれで「選ばれし者」で、陽を担う者と同等の価値があるんだよね、、、、、
「生まれる前に魂が決めてきた」みたいに言われると、いまひとつ納得しづらいんだけど、この牢獄世界での陰陽分担かなって考えると合点が行くよ、わたしはね。
まーもうとにかく、そんな陰陽地獄とはオサラバするに限るよ。


