『急に具合が悪くなる』〜人が人に「触れる」ということ

ハラハラ涙が溢れなくても、心の深いところになにか温かなものがふわ〜っと広がって優しい気持ちになる、そんな感動もある。

話題になっているから観た人も多いと思うが、昨日、例によって何も調べずに、映画『急に具合が悪くなる』を観て、そんな深い感動と、また人類としての希望を感じた。

パリを舞台にしたお話は、介護施設の施設長として働くマリールーという主人公が、それまでの効率主義の代わりにユマニチュードといって身体や意識の思うようにならなくなった入居者を「人間として扱う」介護方法を取り入れようと苦心する中で、国の介護予算の問題や、働く側の自己犠牲的献身、古株からの反発などといった問題に直面する。

そんな折、トラムで帰宅中に、走って車両を追いかけてくる知的障害の日本人の男の子を介して、もう一人の主人公である真理という日本女性に出会う。この女性は舞台演出家で、近く「da vicino nessuno è normale」と題した芝居があると知る。

葛藤の中で、芝居を観に行ってみようとなったマリールーは、上演後の公開質問で真理が余命いくばくもない進行癌に冒されていることを知る。

そこから彼女たちに親交が生まれ、深い共感と友情が生まれ、そこから生まれたものが、やがて世界に波及していく。

老いること、衰えること、看取ること、よりよく死ぬこと、、、誰も避けて通れないこのテーマを通して、

いろいろな「触れる」が描かれていて、その都度いろいろなことを思った。

たとえ、身体や意識が思うようにならなくなっても、最後まで人間を人間としてリスペクトをもって扱うこと。優しく肩に手を添える、頬に手を添える。目を見つめてゆっくり話す、、、、

人間の手が他者に物理的に触れることで生まれる「なにか」が、人間を人間らしくあらしめてくれる。

これは最近ひょんなことからインスタに見つけたイタリア系アメリカ人の若い男の子が、自分のルーツ、祖母の国であるイタリアについて感じることをしゃべっている一連のリール動画の中で、イタリアではみんなが人に触る。男同士でも腕を触ったり、老人はよく両手で孫のほっぺを挟んでかわいがる。そんな「人の手」に触れられて育つ人間の情緒がおかしくなるはずがない。これがどんなに健康さ、エネルギーを人間にもたらすか。

そんなボディタッチは北ヨーロッパではとうに失われてしまった、アメリカではそもそも存在しない、、というようなことを話していて、この男の子も自閉に分類される特徴を持つ子なんだけれども、非常に繊細な感性をもった素敵な子で、著しく同意してしまった。

わたしも若い頃イタリアで、年寄りやその他からよくやられたことを思い出したんだ。

https://www.instagram.com/reel/DYGbzIpMZSl/?igsh=NGZhd2liMGpvYW4w

(もしなんらか翻訳する機能があったら是非見てほしい)

それからフィジカルな接触ではなくて、マリールーと真理の間に生まれた「魂のふれあい」というか。一瞬にしてお互いの深いところで共鳴し合うもの、そこから生まれるもの。

夜のセーヌ沿いをおしゃべりしながら歩く2人の様子、交わされる会話。ずっと話していたい、という気持ち。

なんだか妙に懐かしく、豊かで、またセンチメンタルな気持ちにわたしはなった。何か過ぎた日々を思い出すような。

どのシーンも素敵で忘れがたいセリフもたくさんあるけれど、舞台が「個人の自由独立が当たり前」をベースに成り立っているフランスだからこそ交わされる会話だなと思った。

つまり、大人っぽいんだよ。

また、全体として「いかにして、このクソのような世界の壁から抜け出すか」が根底に流れるテーマでもあり、

そこに日本人の持つ「情緒」や「共感性」が合理性優先で無慈悲な世界を救う鍵となっていることにも勇気付けられた。

ヒステリックに正義を叫ぶではなく、「一歩引く」とか「急がない」ことで波及していく優しさ。

本当にあたたかな気持ちになっている。

蛇足ながら、

わたしはイタリアの国境の町トリエステにも短い期間だけど住んでいたことがある。

この町はイタリアでいち早く精神病院を廃絶したことで知られていて、必ず引き合いに出されるのだけれど、この映画でも触れられていた。

「da vicino nessuno è normale」て、日本語にすれば「近くで見たらみんなマトモじゃない」って意味なんだけど、

精神病院はさまざまな問題の巣窟ではあるけれど、ではそこに収容されていた人をいきなり社会に放つとどうなるのかについて考えると、軽々しく賛成の手を挙げられるかな、、、とわたし個人は思っている。

蛇足の蛇足として、

長塚京三!!!!!!

「この人ソルボンヌ卒なのよね」って昔母から聞いてたけど、人生の終盤に来てフランス語で芝居することになって、しかも映画はフランスでも公開されるわけだから、人生何があるか分からないよなあ、「よかったね〜!」って気になった。

監督は『悪は存在しない』の人なんだね。もはや日本の宝。

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