生命の危機こそが進化のチャンス!という真理
最近はメンタル的なこと、霊的エネルギー的なことを発信しないからつまんないと感じる皆様もいると思うけど、
自分の中ではほんっとにすべてがでーーっかい「輪っか」=円相の中にあるとしか思えなくなっていて、何を見ても何かに気づくし、何かを教えられるし、はてしなく面白いと感じてるんだよね。
この円相っていうのが、つまり自分の周辺宇宙(Universo ao mio redor)。
自分の内側にあるものも外側にあるものも自分の宇宙なんだよ。で、外側はあくまで内側を肥やすためのものだよ。
世の中の全てのこと、、、例えば政治とか、株価とか、宗教とか、貧困問題とか、まあらゆる物事に向ける眼差しに「自分には関係ない」が多い人って、いろいろな事象の中にある「面白さ」を見つけることが得意じゃないんだろうな。
「面白い」も外から与えられるのを待ってる。面白いと感じることが限定的っていう、要するに認知機能の問題。
面白いは、「善悪」「損得」じゃない視点で見たときに発生するんだよ。
要するに神の視点を持てって言われるのは、その視点。
でもさー、もういよいよごまかせないんだよね。
幸せそうに「見せる」努力をしていても、非常に危ういバランスで成り立つ満足感なら大風吹いたらグラつくよ。
そのことは本人にとってごまかし効かないんだよね。
真の自分(自我じゃないよ)と対峙するしかないよ。
お金(貯蓄や資産)を持ってるから幸せ→ 通貨リセットで預金封鎖とか、資産没収されたらどうなの?
友達がいるから幸せ→ 友達死んだらどうなの?
仕事があるから幸せ→ 仕事がAIに取って代わられたらどうなの?(って、ほとんど全ての仕事がそうなる未来だよ)
・・・・いやーーーーーーもうね、しっかり揺るがないものってなに?って、各自で考える以外に答えは出ないよ。
メンタル的な改善も、エネルギー的な改善も、結局は
(自分の)行動からどんな「気づき」を得るか
ってこと抜きには起きないんだよね。
気づきっていうのはすべて、(それまで見えてなかった)自分自身の姿を見るってところに帰着するので、気づきが深ければ深いほど「二度と繰り返さない」に繋がる。
だって、思考パターンが変わるんだから、その後の行動が変わるじゃん?
同じようなこと、類似パターン化していることを「やべ、またやっちゃった!」ってなるのは、トドのつまり「気づきが足りない」だけってこと。
(だけどそれ以前に「類似パターンになってる」ってこと自体に気づかない人ってのも多い。それ自体やっぱし認知機能の問題だけど、でも、もうね、ここまできたらそのこと自体を楽しめばいいんだよ)
まもなく来るであろうグレートなアレ。
しかし危機こそが我々の本能力を発芽させる大チャンス!
もうダメだ!ってなった時に、真の何かが立ち上がる。
野菜を育てながら気づいたのは、
このクソ暑い気候が彼らの遺伝子に影響する。
生命の危機から立ち上がった者が次世代を作るってこと〜。
ほうれん草なんかこの暑さで全然発芽しないけど、「暑さのせいでやる気なくした〜」とか言ってりゃ種の保存はできない。
人間の場合、なんでも外部環境のせいにするとか、傷つけ「られた」という被害者意識を大切にして生きてはいけるわけだし、
国家戦略としていつまでも「被害者」でいたい国々(悪いことされたんだから許せない!いつまでも謝れ!金よこせ!)もジャパンの近くにはある。
でも、生物としてそれでは生き残らないんだから戦略的にはやっぱし間違ってんだよね。
暑けりゃ暑い中で、寒けりゃ寒い中で、なんらかの進化に舵を切った生物が生きていく。
それで、逆境を生き抜いた人間を食わせてくれる仕組みになる。
・・・・なんかグッときちゃうんだよね、そういうことを考えると。
で、「育ちやすいように」な〜んて人間が余計な手を加えることを「改良」としてきたわけなんだけど、実際は改悪で、植物本来の自主性を奪ってるってわけ。
こんなことを言うとアレだけど、「やさしい言葉で言ってもらわないとわからない」なんて言ってる人は淘汰されてくと思うよ。
どんな言葉で言われようと本質をつかめないならおしまい。
そして、経験上わたし思うんだけど、自省につながる言葉ってのは得てして鋭く強いもので、優しく言われた言葉なんかすぐ忘れますってば。
そんなのその時だけの栄養剤みたいなもので、根本的なところを揺るがすものではないよ。
心にグサッと来るからいつまでも引っかかるわけで、グサっとされたことを恨んで過ごすか、いつか自分の肥やしにできるかはその人次第ってことなんじゃないのかね。


