台湾の「花嫁」、縁を繋ぐ冥婚。シン合理主義で失われたもの

こないだ偶然見た番組で紹介されてた、台湾の死生観。これが衝撃的に興味深かったし、なにか琴線に触れた。また、いろんなヒントももらえた気がしているの。

それで結論から言うと、「占具」を作ってみようかな、という気になったんだ、という話なんだけど、ちょっと読んでほしい。ニュアンスだけでも伝わったら嬉しい。

台湾には「冥婚」という仕組みがあるそうで、後で調べたら東アジア全体、中国本土や日本までもに広がっていた風習のようだよ。(→ 山形にはムサカリ絵馬、沖縄にも似たような風習残っているらしいから、今度掘ってみる)

で、

冥婚とは「死者との婚姻」のこと。え?死んだ人と結婚するってこと?

それだけ聞くとゾッとするのだけど、わたしが見た台湾の件は、とてもヒューマンな、つまりは「人情話」で深く感じ入ってしまった。もちろん、台湾全土に残っているわけでもなく、番組は地方での例の紹介だったけれど。

冥婚をするのは、「未婚で亡くなった女性」と決まっていて、その理屈はこう。

人は「家」を持ち、家族を作るわけだが、死んだら後に続く家族が故人をお祀りして供養する。つまり人は死んだら「先祖」になる。

女性の場合は嫁ぎ先が「家」になる。実家、という意味での「家」ではないようだ。 → 東アジア全体、そんな葬送文化よね。

未婚の故人女性は「家」がないことになる(例え親兄弟が存命だとしても)。

家がなければ供養してもらえず、帰る場所がないので、死者は冥界を彷徨うことになる。(宗教システム的にそうきちんと説明されている)

それではあまりにもかわいそうだと、亡き妹や亡き娘に対して、残った実家の人間が「嫁ぎ先」を探す。それで、冥婚専用の「仲人さん」、仲介役の人もいるというからシステムとして出来上がっているんだってことにまず驚いた。

嫁ぎ先は、すでに結婚しているどこかの男性、つまり家を構えている人、ってことになる。

「すでに結婚しているどこかの男性」は実際に奥さんがいるわけで、そこに亡くなっているどこかの故人女性とバーチャルな婚姻関係を結ぶ。

つまり生きてる奥さん(現存中)と、生きてない奥さん(故人)の2人を持つってことになる。

・・・・・す、すごくない?

わたしたちが「現実」と呼んでいる生活と、冥界という見えない世界が一体となっていて、しかもきちんと交通整理されている。

すごくない?や、この驚きを表現するボキャブラリーが探せないんだけど。

でも、わたしの立場から見てきた限り、実際にこの二つの世界は一体で、片方(見えない世界)をほどくことで、もう片方(見えてる世界)が変化するのだから、この風習は原始的と見せかけて非常に先進的な気さえする。

人間生活は、「原始」が「先進」であり「合理」だったんだろうな、やっぱり。

そこに「近代文明」がズカズカと土足で入ってきて、というよりブルドーザーのように、それまでの「合理」を「シン合理」みたいなもんで真っ平らにしていった。

「シン合理」は確かにとても良かった。何より便利で快適になったんだよ。時間をかけてやっていたものが、秒で解決できるようになったりもした。地方においては、想像だが、因習からの解放によって人生が拓けた人だって多いのだろう。

我々昭和世代は、原始合理がまだ僅かに残っていた時代をガキんことして過ごしたものの意味はほとんどわからずのまま、やがてシン合理がフル加速していくのを見た、そんな世代。

そして、あっという間にシン合理に駆逐されてしまった最大のものに「情緒」ってのがあって、「霊魂へのリスペクト」は紛れもない「情緒」の活動。満足を得られなかった彷徨える魂たちが気づいて欲しくてワサワサしている。この原始合理が「完全に」消去されそうになっている今は、それが激化しているのかな、、、、と思う。人間は厄介なもので、他者からのリスペクトをいつまでも、死んでまでも欲しがる存在だ。

もちろんこれはモノの本で読んだり誰かに教わったことじゃなくて、わたしが偶然ぶち当たって解決できるようになったことで、「因縁探偵」として提供している仕事によって観てきた、あまりにも常軌を逸した(とシン合理からは言われるであろう)枚挙にいとまがない実例から導き出した「実感」だ。

ゆえに、仮にシン合理から「アタマおかしい」と言われようと、外野からなんと言われようと、「現実」なんだよな。

話を冥婚に戻そう。

番組では実際に行くつかの事例が紹介されていた。

ひとつは、確か兄弟の多い家族の長兄で、自分の子供時代に亡くなった妹の「嫁ぎ先」を見つけた人の話。その方の心情的感覚まではわからないが、何より家族みんなの満足しきったお顔が象徴的だった。

もうひとつは更に感動的だった。

事業を営む夫婦だが何年もうまくいかず、生活は困窮していた。そこに冥婚の話がやってきて、妻にも相談し、引き受けることにした。

この妻に「嫌じゃありませんでしたか?」と尋ねるのだけど「いえ、全然」。普通のことですから、というどこにも力の入っていない答えも何かを物語っていた。

冥婚をするからには故人の両親は健在なわけで、初めて花嫁(故人)の実家に会いに行き、そこで見せられた花嫁の写真は、自分のリアル奥さんそっくりだった。(!!!!!すごくない?)

故人の両親は大喜び、本当の子供夫婦のように彼らをかわいがり、個人的な相談事などもしてくれるように打ち解けてくれた。つまりこのご主人にとっては「2つの妻の実家」を持つことになり、その関係性はほのぼのと、故人の両親が亡くなった今でも擬似親戚のようにつながっているよ、ありがたいことですよねえ、、、とのことだった。当然、虫の息だった事業も軌道に乗っているんだろう。

いやーーーーー、すごい。

故人花嫁の存在によって、アカの他人同士のご縁が結ばれて、みんな幸せを感じている。心打たれたのは、この夫婦ともに「自然なこと」「普通のこと」といったテイで、ごくごく当たり前のこととしてふるまっている。

なんだかしみじみしちゃって、ちょっと言い難いんだけど、とにかくじんわりと感動したよ。

それで台湾にはナントカいう(メモっとけばよかった!)占具があって、ちょい勾玉型をした2つの「たま」なのだが、オモテとウラがある。

これをポンと床に投げてオモテとウラが同時に出れば「GOOD!」の印、という風に占うようだ。

これを使って彼らは故人との対話をしているようで、

例えば、命日に供えるビールは「バドワイザーでいいか?」みたいな問いを立て、このナントカいう占具を3回振る。うち、オモテとウラが2回出れば「いいよ!」ってことらしい。

でなければ「じゃあ、ハイネケンにする?」と聞いてまた振る。

それでもダメなら「スーパードライか?」みたいな具合で、また振る。見事2回出たら一同安心して「よーし、スーパードライ買ってこよう!」と盛り上がる。

ほとんどエンタメとして機能しているように見えたし、なんかほのぼのとしていいなあ、と純粋に感じたんだよね。

形状はな〜んとなく覚えているから、わたしも作ってみようと思う。

これちょっと、みんなが持てば面白いと思うんだよ。

みんなの周辺の「ご先祖連中」にいろいろ聞いてみるって、なんか相当面白いんじゃないかって、とにかく思ったの。

その家のことを聞くのはもちろん、みんなで共通のこと、

例えば、、、そうね「日銀、利上げする?」みたいなこと(笑)を聞いて、統計を出したらおもしろそう。

・・・・ともかく。まあ、そのうち作ってみるわ。

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