思い出は色褪せない

突然の訃報が飛び込んできて、本日はお通夜に参列してきました。

その方は、あるお寺の大住職さんで、いわば父ぐらいの世代の方。奥様共々、大変お世話になった方です。

無論ご本人は「世話してやった」などとは思ってもいないはず。

けれどわたしにしたら、「この方にもしものことが起きたら、何があっても駆けつけよう」と心に決めていた人でありました。

ご縁はかれこれ15年ほどになりますが、今から11年前、わたしは離婚し、それはすっきりしたものではあっても、背景には人には言わないけれどいろいろと複雑な思いも不安もありました。

というか、わたしはいかに不安や心配事、悩みなどがあったとしても、ほとんどオモテに出ない性質でして、出さないんじゃなくて「出ない」わけなんですが、そんな時、この住職ご夫婦が「(わたしの)誕生日だしお祝いをしよう」と持ちかけてくださり、旧知である会席のお店にご招待いただきました。

大住職は、こわい人という声も聞いたことがあるけれど、わたしにとってはいつもお優しい人。飄々とした風情で、いつもわけのわからない冗談なんだか、なんだかよくわからないことをおっしゃる。

なんだかわからないけれど、おもわず笑ってしまう。なんだかわからないけれど、必ずこちらを笑顔にしてくれる。そんな方でした。

だから取り立てて人生訓を垂れるとか、ホトケの言葉を参照されるとかではなく、その居ずまいで大人物を感じさせてくれる、大好きな方でした。

その席ではご夫婦の素敵な会話、他愛ない話ではあるけれど、やっぱり大人物を感じさせる「あり方」など、観察していてたくさん沁み入ることがあったのですが、会席も終盤になりお椀が運ばれた時、

器の蓋に描かれていたのが、「船」だったのを見て

「これは、あなたの船出ってことだ。これから良い風が吹くだろう」というようなことを言って下さった時、なんて優しいんだろうと泣きそうになったのを必死にこらえました。

「そう言われたらなんだか大丈夫な気がしてきた」という最大の励ましでありました。

今探したら写真があった。絶対に忘れないようにと撮ったんだった。

こう見えてわたしは義理堅いので、いちばん辛い時に励ましいただいたことは絶対に忘れない。それは恩義というものだ。

この時に、冒頭言った通り、この方にもしものことがあったらわたしは泣くだろうと思いました。

その後もお目にかかるたび気にかけてくださり、わたしがマリアさまを作っていると知って「それなら●●(カトリックの学校)に出したらいい」などと気にしてくださり、

いやいやそういう類のものではないんですけどと思って流してしまいましたが、気にして下さっていること自体が嬉しかった。

本日お別れに伺って、もちろんいつまでもお元気でいて欲しかったけれども、ご年齢からいえばもうすでにたくさんの大仕事を終えたのだから、これは大住職にとっての船出なんだなと、感謝の気持ちしかありません。

不躾なわたしを叱ることなく、とにかく、なんだか知らないけどなぜかいつも笑顔にしていただきました。そんな人はなかなかいません。

本当にお世話になりました。

また、認知機能が低下した奥様はわたしのことも覚えておられなかったけれど、そんなことは問題ではありません。

「わからないわ」と仰るから、わからなくてもいいです、こっちはわかってます。さんざんお世話になったんですと言ったら「あらそうなの?そうなら嬉しいわ」と返ってきたのも、なんと素敵なことかと思った。

人生にはいろいろなフェーズがありますが、自分は本当に人に恵まれてきたんだなあ。いやあ本当に恵まれて今までやってこれた。みんな優しかった。優しい人しか思い出せない。

お別れは寂しいけれど、思い出は決して色褪せない。心の中の百年プリント。美しかった日々は宝物です。

本当にありがとうございました。安らかにお休みくださいませ。

恵まれていたことを自覚したんだから、次の世代に還元していきたいと思います。皆がそうしてくれたように。

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