刺さったら抜けない棘のような話は「現実」を描いてる
映画「ディガー」を観た。これは映画史に残る傑作だと思う。わたしは(と強調しておくよ)、そう思う。

内容や考察については、たくさんの解説動画が出ていることでしょうから割愛したい。
ただ、「解説をあらかじめ知った上で映画を観る」行為を、わたしは「バカのやること」だと思ってます。(ここでも、わたしは、と強調しておくよ)
そういうのを「ショートカット思考」というらしいが言い得て妙。
何かを見て(読んで、聞いて)わからないなら、それが現時点でのその人のすべての知性であり感性で、あくまでそれだけの話。
良いも悪いも、それがあなた、ってだけの話。
で、あらかじめ知った上で映画観たら、劇場で「わかる」かもしれないけど、脳と心の回路を使わないんだから、何かが養われるわけじゃない。
従って、人間の中身薄いまま、「観た」という事実だけ。ただ、言われてることを「確認した」というだけ。
つまり観てないのと同じ。わたしはそう思うよ。
そんなことを含みおいた上で、
すっごい映画を作ったもんだな〜!
と、一晩経ってもしみじみ思う。
つまり、一般的な人々に、パッと観ただけでわかられることを拒否しているかのような。
刺さる人にはめちゃめちゃ刺さるし、刺さったら抜けない棘のようなもの。それはもう、その人の感性と知性にかかってるわけ。
けれど、多分、一般的な人はそこまでヨンだりはしないだろうから、「ま、、まあ、面白かった」的な感想か「長かった」「演技が大袈裟だった」「だから何なの?」「観て損した」じゃないのかな。
だけど作る側はそんな反応すらわかっててやってるっぽくて、最初から商業的にヒットさせることを狙ってないだろ?という、確信犯的なものを感じる。
「わかって欲しい!」を最初からぶっちぎっている作品。
そんなものを莫大な予算をかけて作ってしまうところが、もしかしたらハリウッド一抹の良心なのかもしれないなーと思った。
あるいは、この先のエンタメはもう、そのように「バカを切り捨てる方向」に行くってことも、あるかもね。
この場合のバカ=「いちいち正解を求める人」って意味ね。
結局、この世界は何にせよ、「その人の感性と知性」によって認知されてるだけなんだよ。
実は、エンタメに限らず、「みんなに、わかりやすく」自体が虚構だったわけで。
さらに本気でわたしが思っていることを包み隠さず言えば、
「希望」自体が虚構だった
ってことなんだけど。
・・・そう聞いて、怒りを覚える人もいるでしょうけれど、もうそこは相容れない38度線みたいなものだから、「立場の違い」で片付けていい問題だとも思ってる。
虚構を脱してこそ真価が問われるんじゃないの?ってわたしは思ってる。
まあ、これもめちゃ説明を要する話ではあるけれど。
てな具合。
ま、、ほんとみんな、観たほうがいい作品だと思うよ。

