「初老問題」を前にして困っている
オチのない話をダラダラと書き始めてみる。
メガネを新調した。老眼も遠視も進んでいることが発覚した。
そう言われたら確かに遠くもボヤけてるかも、と、昨日行ったライブでメガネを外してステージ見るとか、地味な実験やってみた。
やだ、確かに、「近くはダメだけど、遠くはぜんぜん見える」が、過去の自慢となったことを思い知った。
要するに、こういうことが「老化」ってやつなんだろう。
だいたいねー、歯がダメになる、目がダメになる、、、ってなったら、動物としては「おしまい」の方角へまっしぐらなわけでね。
それを医療やテクノロジーの恩恵でなんとかどうにかやれてるってのが俺ら人間なわけよね。
かーーーーーー!つまるところ、要するにわたしも「初老」なんだよなあ、、、、、という事実が目の前に浮上してきた。
これけっこう、軽くないこと、なんじゃないかなあ。今後はどんどん「以前はこうだったのに」「前はできたのに」しかなくなってくんだろう。
さりとて。
老いるのがそんなにヨクナイ👎というふうにはぜんぜん思えないし、美魔女系若作り頑張ってる人を見て羨ましいとか、触発されるといった気持ちになったことがない。
羨ましいと思う気持ちが1ミリでもあるならば、そっちの方向に頑張るべきだと思うけれど、1ミリも興味がないから、それはそれでどうしたものかと。
ま、こういう話は得てして「気持ちを若く!」の前向き方向に持っていって締めるのが定番なんだが、わたしなんか本気で長生きしたくないわけだからなあ、、、、、
いやいや、違うって。そういうことじゃない。
「見た目」の話じゃなくて「機能」の話だよ。
・できなくなることが多くなる
・昔のような気力、モチベーションがなくなる
→でもやらなきゃいけないめんどくさいことは山ほどある
・・・・って、なんだか「初老問題」を考えたら、これをどう捉えていいのかさっぱりわかんなくて困っている。
したがって、今後のぼんやりテーマのひとつになった、ってことなんだわ。
まあ、ただ、町なかを見ていて、年齢以上に老けている人とか、いる。
かく言うわたしだって、40代の頃はやたらと「若く見えますね!」的なことを言われたものだが、50代になったら実は誰にも言われなくなった!ということに今気づいた!
そーーーーーーだ、しばらく言われてないわ。
かといって、「だから何なの?って」すかさず俺2号がしれっとしてる。
単純に、歳をとると、ほっといたら小汚くなる、というのは事実で、小綺麗にしている老人は素敵に見える。
うちの母もあちこちガタが来てはいるけど、相変わらずオシャレは好きで、なんだかんだ言っては服を買って、買ったものの気に気に食わないとかなんとかブツクサ言ったりしている。
正直「よく無駄に買うよな〜」と思うし、また「買うこと」が好きなんだろうな、とも思うわけだが、新しい服がもたらすちょっとしたトキメキって、女性には大切なんだよね。最近は、咎める気もなくなって「気に入ったなら買いなよ」としか思わなくなった。
母はよく「みっともない」という言葉を使うわけだが、みっともなさとは、ヨソの人がそれを見た時を想定しての日本語だけにしかない表現ワードだから、身なりを小綺麗に保つって「自分以外の世界」を意識に入れているかどうか、ってことが鍵なのかもしれないね。
本質的に、わたしは「人からどう見られようとどうでもいい」と覚悟を決めることが大切だと思うけど、自分として「小汚い」のはイヤ。
ま、メガネを刷新したから細かいことも億劫じゃなくなるかも。また少しずつ制作もしていこう。
初老をどう生きるか問題については引き続き考えていこっと。
みんなはどう?初老問題って感じてる?そんなのどうでもいい?それともまだ実感ない?

