教わる側を卒業する

完璧になったら
次の段階に進んだら

セミナーホッピングの人はそう思っている。

いつも何かを「学んだ」気になっている。

「得た」気になっている。

知識を学ぶことで「前進」した気になっている。

それは無駄。

それは無意味。

だって、完璧なんて存在しないんだもの。

追求なんて、終わりのない旅だもの。

新しい先生を探して歩くより、

新しい場所に何かがあると思うより、

学んだことを体系化してみてはどうかな。

自分の言語で、学んだことを伝えてみる

それができないなら、

あなたは壷を買っていたのと同じではないの?

まだゲームの中にいるんじゃないの?

学びなんて、実践の場でしか得られない

それを教えてくれない「先生」なんて、

本当に先生なの?

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