なぜ相容れない者同士が夫婦になるのか(目からウロコ)
*この記事は「トランサーフィン」で書かれてる内容をメモって検証するためのものです。
はい、続きどんどん行きます。
内的意図と外的意図
悲観的に考え、疑心暗鬼であればその考えは的中する。恐怖は現実のものとなる。嫌悪して、避けようとするものに付きまとわれる。
なぜか?
魂と理性の一致から思考エネルギーが生まれ、潜在的なものを現実に変えるから。
不運な状況、不幸な出来事は「過剰ポテンシャル」によるもの。(→ 強く嫌えば、強化された意図になるってこと)
過剰ポテンシャルとは、なんらかの物事が過剰に重要視されることで発生する。
自分自身を他人と比較する、分類する、交換条件を設定するなどで生じる。(→ 条件付けされた世界)
「あなたが自分を愛してくれるなら、わたしもあなたを愛します」「わたしは他の人より優れているので自分を愛している」「わたしは善良だが、あなたは悪い」「●●●ができないから、自分のことが嫌いだ」のような条件付けや比較ベースは、二極化が生じ、「過剰ポテンシャル」となる。
(一方で、「わたしは自分を愛している」「わたしはあなたを足ている」「わたしはあなたが嫌いだ」のような自己完結したシンプルな判断は、比較や矛盾に基づいていないので問題はない)
対立するものを衝突させ、その異質性を緩和しようとはたらくのが「平衡力」。磁石の両極が引き合うのと同じ。
一見相容れないような2人が、お互いを罰するように夫婦となるのはそのせい。(!!!!!!)
そのように二極化はエネルギー環境を歪める。結果、現実は歪んだ鏡のように映りが悪くなる。
人々は、二極化の原因を排除せず、外の世界と戦おうとしている。
「自分が自分であることを許し、他の人がその人らしくいることを許す」。世界をあるがままに自由にさせること。
自分の不満を叫べば叫ぶほど、望みと反対のことを引き寄せる磁石のはたらき。
「世界は自分のためにベストを尽くしてくれている」と無邪気な思いは状況を変える。
トランサーフィンでは、状況に対する我々の態度を意識的に変えることが必要。
パターンの理解と回避
反対のものが出会った瞬間に、対立を激化させようとする動きが生まれる。→ 対立物相互浸透の法則
衝突することで平衡力がバランスを取ろうとするため。
なぜか。
相反するものは戦う機会を得るまで、互いに挑発し続ける。
つまり、あなたのバランスを崩すものは、あなたを苦しめる。それが本質。
あなたが神経過敏になっていると、それと連動するがごとく、イライラさせるピエロが現れ、イライラを助長する。
→ イライラを食い物にする見えない「振り子」がある。

二元性からの離脱。
「条件付けされた世界」から意識的に遠ざかるってことだな、、、
しっかし、、、、
なぜ多くの人が「とどのつまり夫婦の問題」で悩み苦しんでいるのか、、、
わたし自身もそうだったし、これまでクライアントの多くは、「やっぱそこか!」だし。実際、問題を抱えていない夫婦なんて存在するの?
それで社会的教育的刷り込みとしての「和合」があるから、結局は衝突して融合する、というよりかはどちらか、または双方が「折れる」「引っ込める」ようになるわけだよ。
引っ込めることによって、結果として「大したことができない」(ここでいう、内的意図の範囲内での活躍しかできない)ままに終わるんだわ。
それを「解決」だと錯覚することにして、人はこれまで生きてきたのかもしれないよ。
いやー、おそろしくない?
だとして、婚姻制度そのもの、結婚というものが、、、いやーーーもしかしてほんとは、男と女は対立を生むために作られたのかも?などと考えてみたくもなるよ。
え、もしかしてイライラ発生装置として計算ずくで〜? えーーーーーーーー!これもアルコンとデミウルゴスの「装置」か〜〜〜〜?
だって、それを言っちゃあおしまいなんだけど
「そもそも合わないもの」なんだよ、男と女は。
・・・・あーそうか!
そもそも合わないものをわざわざ一緒にするためにセックスに快楽というご褒美を付けたのかも。そうじゃないと子孫続かないから、ってことでは?
んーーーーーーーーーー。いろいろと考えてしまうね。
まあ、おもしろいですね。
次回は「振り子の法則」かな。

