「日本古来の、、、」とナショナリズムの裏側

「自由」とは、固定観念から「いち抜けた!」ってなることで、たとえ拘束されても精神だけは自由でどこにでも行けるわけよ。

例で言うならナチ政権下で五芒星の人たちが迫害されている中で、「これはかくれんぼゲームだよ!」って子供に教えた親の話に真の「ヒャッ派ー精神」を感じる。

わかりますかね?

 

わたしら生きてるだけで、絶えず何かの「思想」に煽られてる。

「思想」を作り出す人は「わざと」の場合もあれば、そうでない場合もあるわけだけど、ひとたび「思想」が生まれると、それは必ず「何か」に利用される。

利用する側と利用される側がいて、そこにも必ず「パレートの法則」が働くとりーかお総研では見ています。例によって2:8の法則ね。

「思想1」に対するカウンターで「思想2」。

わかりやすいのがカトリックに対するプロテスタント。資本主義に対する共産主義。右翼に左翼。物質主義と精神主義。

はっきり言って、どんな思想でも必ず正義の顔をしている。

考えの浅い人たちが害悪だっていうのは、そのことに気づかないから。

気づかぬうちに、何か大きなことに加担している。

加担した結果、バカを見て、のちのちそれを悔やむ。

・・・・的なループが繰り返されて今に至るわけ。

わたしはそういうのがマジもうやだ!って思ってる。

だから、どっかの誰かが作った概念にホイホイ乗っかっていちいちラベリングする人たちを苦々しく見てる。

 

 

「啓蒙思想」ってのがあるんだよ。

これ、習ったでしょ学生の時。だけど意味がいまいちわかんなかったじゃん。

けど、今はわかったよ。超単純に「バカな民衆に大義を教育したるわ」思想ってこと。

啓蒙思想で我が国の大家といえば福沢諭吉。

学問のすゝめって言うけど、「俺らの奨励する方面の学問を、俺らの奨励するやり方で学んで、俺らの思う通りになってね❤️」って話で、裏に走ってるのは「富国強兵」。柴田恭兵とはワケが違うわけ。

その裏には、着々と準備される「世界を巻き込んだ戦争」があったわけだから、それまでちょんまげ結ってた人たちを「兵士」にして軍隊作りましょうねって言う計画。

世の中は、色々と周到な計画のもとに物事進められてきたんだから、今だって常にそうでしょってことに気づくじゃん。

 

ちなみに啓蒙思想っていうのがどっからきてるかわかります?

啓蒙思想(けいもうしそう、英: Enlightenment、仏: Lumières、独: Aufklärung)とは、理性による思考の普遍性と不変性を主張する思想。その主義性を強調して啓蒙主義(けいもうしゅぎ)ともいう[1]。ヨーロッパ各国語の「啓蒙」にあたる単語を見て分かるように、原義は「光」あるいは「光で照らすこと」である[2]。自然の光(ラテン語: lumen naturale)としての理性を自ら用いて超自然的な偏見を取り払い、人間本来の理性の自立を促すという意味である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%93%E8%92%99%E6%80%9D%E6%83%B3

 

「光」ってね(これもスピな皆さまがお好きな「闇と光」)。

ちなみに皆さまが悪だと思っている「いる皆亭」ね、語源はilluminatiでイタリア語では「聡明な」とか「気鋭の」とかチョーいい意味で使われるよ。Illuminationと言ったら電飾のことでしょ。

つまり光だよ。

そんで、この啓蒙思想はフランス革命の裏で走ってたわけ。

マリー・アントワネットは首刎ねられて、民衆ばんざーい!ってなったんだけど、それが今になって「奴らの仕業だったんじゃん」て話になって、パリ五輪の演し物でみんな「悪魔的だ」とかなんとかギャンギャン言ってるわけ。

 

わかりますかね?

そんなもんなんだよ。

今さらいいも悪いもあんた、って話。

 

 

 

「日本古来の」もさー、まあ、気をつけてよね。

今になって「古事記」復活だけど、古事記って18世紀に本居宣長がガタガタ言いだすまで、そんなに注目されてなかったんだから。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BA%8B%E8%A8%98%E4%BC%9D

それで、

宣長が『古事記』を称揚した影響により、それまでは正史である『日本書紀』と比して冷遇されていた『古事記』に対する評価は一変し、神典として祭り上げられるようになった[要出典]。宣長は『古事記』の本文に記述された伝承を「全て真実であった」と信じ、「やまとごころ」を重視して儒教的な「からごころ」を退けるという態度を貫いた[10]。

って話で、

ほぅら、それまで「儒教」がメインだった江戸の思想界に、新たに作り出されたのが「やまとごころ」なんだから。

それが1798年のこと。1800年代からは世界各国で帝国主義がドッカーンて発生していくわけ。

だから当時のジャパンに、そこはかとなく「ナショナリズム」の種を蒔く必要があったわけ。

そんで、今の古事記の解釈してるインフルエンサーって、結局天皇を中心とした初期の話に終始してるわけで、え、それって明治に作られた「国家神道」の流れアゲイン?って言う視点は、どっかに挟んでおいた方がいいと思うよ。

だって、「天皇」が俺ら民衆のマインドシェアの中央に出てくるようになったのは「明治」だからね。

 

さらに、本居の弟子だと思われてる平田篤胤だけど、本居が死んでから

「夢の中で弟子になることを許された」って話だから、やだー、もう我々クラスと同じ程度のスピじゃん。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E7%94%B0%E7%AF%A4%E8%83%A4

やだ、親近感わく〜(笑)

って話じゃなくて、そういうストーリーが掲げられてたんだってことに驚きませんか?ってこと。

平田篤胤についてはなかなか研究の余地があるよ。

この人「国学者」って言うから、我々なりに「国学」のイメージがあると思うけど、要するに

篤胤が求めたのはこの世の幸福であり、関心をいだいたのは死後の霊の行方についてであった[7]。その霊の安定を神道に求めたのであり、それゆえ、神道は従来以上に宗教色を強めた[7]。ここで篤胤は、天主教(キリスト教)的天地創造神話と『旧約聖書』的な歴史展開を強く意識しながら、天御中主神を創造主とする首尾一貫した、儒教的・仏教的色彩を完全に排除した復古神道神学を樹立している[4]。篤胤によれば、天・地・泉の3つの世界の形成の事実、そしてそれについての神の功徳、それは「御国(みくに)」すなわち日本が四海の中心であり、天皇は万国の君主であるということを、国学を奉ずる学徒の大倭心の鎮として打ち立てた柱、それが「霊の真柱」だった[3]。

 

ここら辺から国家神道に基づく「天皇制社会主義」が着々と作られていったわけ。

「日本古来の」も、一体「古来」ってなんだよ!って話は、みんな心の隅に置きながら考えた方がいいよ。

 

 

言っておきますけど、わたしはこれらのことに批判でも賛同でもなく

は〜そういうもんなんですね〜

という目で見ているよってこと。

いいも悪いもなく、ただ「流れ」は作り出されてきたんだよってことだけを言っておくよ。

 

 

ふふふふ

もう、最近は「戦争」ばっかしめちゃ深掘りしてるから、「あの人軍国主義になったのでは?」とか思ってたムキもあったかも?

くほほほほほ

いやいやいやいや、わたしはただ単に、なんでも「仕組み」が知りたいだけ。

今の世界って、なんでこうなの?って考えた時に、あまりにもおかしいことばっかしだから、それがどっからどうなって、こうなったのか知りたいだけ。

魂の仕組みってどうなってるの?を知るのもまったく同じこと。

自分の中では両者は不可分。

戦争とその背景ってめっちゃ面白いよ。

もっとも思考停止させられるのが「戦争」に関するトピックスだってことを、みんな忘れない方がいいと思うよ。「賛成か反対か」みたいな幼稚な話じゃないですから。

我々クラスはみんな反対に決まってんじゃん、そんなもん。

だけど、なんで起きるの?

それが知りたいだけ。

そんな、その辺で言われてる都市伝説とか、まじ卒業した方がいいよ。

 

 

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