修道日記(6)ファンキーな老シスターと秘密の話
修道日記(5)瞑想で地球を上空からくまなく見た
世の中にはいろいろな瞑想法があるから、それぞれ活性化される部分がちがうんだと思う。 「呼吸」を教える人もたくさんいて、教祖化している方、そこに群がる人た…
ああ、やっぱりシャバに戻ると、あっという間に薄れていく、新鮮で純粋な「思い」。やっぱ「情報」って人の心を汚すよなあ、、、って感じてます。
しかし多少の鮮度は失っても記録しておこうと決めている。
老シスターは4名いて、ご高齢ということもあるけれど、初日はみんな険しく感じた。少なくとも軽やかさは感じない。ああ、わたしはもっと「朗らかさ」のようなものを想像していたんだね。
毎日は黙想だから「神父とのグループ面談」の時以外は誰とも口をきいてはいけない。
ところが2日目だったか、夕食の後片付け(食器洗い、食堂の清掃など徹底してやる)のあとで、シスターNがあまりにも具合悪そうに見えたので、とっさに背中をさすってしまった。
すると「あら?あなた、お手当てできるのね」と言う。めんどくさいからうんうんと言うにとどめたが、相当悪そうだったので、ポケットに入れてた「たま」を取り出してさらに続けた。
シスターNはだんだん生気を取り戻し、身体が熱くなってきた、動けるようになってきた、と言う。そして彼女はこれまでさんざん手術や病気を重ね、また背骨も圧迫骨折しており、全身の数カ所にボルトが入っている状態だと言う。
「ハハハ、でもね、いいの。そんなの気にしないの。どこでも行くから。ふふふ」と軽く言う。うわ、この人カッケー!と思った。
「この合宿の直前に東北の隠れキリシタンの慰霊に出かけていて、戻ってそのまま来たから疲れてたのかもね」、と言う。
おっと、「隠れキリシタン慰霊」はわたしにとってもキーワードだ。何かご縁を感じた。その日はそれまでだった。
翌日、わたしはただの好奇心で「ねえシスター、修道院の生活ってどんななの?」とコソッと聞いてみた。「後で話してあげる」。
それ以降、シスターNとの間に秘密の会話が増えた。
そして、結果たくさんの気づきがもたらされることになった。
「あなた、どうしてわたしに興味を持ったの?」と夜の会議室で彼女は言った。不意を突かれたわけだが「素敵だから」とわたしは答えた。
彼女はニヤニヤしながら「あなたみたいな人は修道院なんか無理よ。だいたいカトリック教会にあなたのような人はいない」と一発目から来た。
うんうん、わたしもうそう思う(笑)だから教会には行かないの。だけど修道院てどんな生活をしてるのか聞いてみたくてさ。
「最初からあなたのことを「何者ぞ?」と思って見てたわよ。だって全然違うじゃない。最初から、響いていましたよ」と言われた。
それで「自分について話して聞かせなさい」と言われ、そうねえ、、、子供の時、家で食べていた「トラピスト修道院バター」に興味を持って、修道院て何?と親に聞いた。そして、将来もし困ったことになったら、修道院に入ってバターを作ればいいやと思ってたこと、家の近くに「縁切り寺」と呼ばれていたその昔は尼寺だったところがあって、まあ困ったらそっちでもいいやと思ったり。でも大人になって思い出したら、年齢制限あるんだよね、ハハハ、なんていう話をしたら、
シスターはまたニヤリとして「あなたわたしに似てる」と言う。「わたしも、尼さんになりたいと思ったのよ」。
それで彼女がシスターになるまでの経緯をじっくり聞かせてくれた。割愛するけど、それはそれは、はっはーと思った。すごい話だった。いい話だった。わたしには響いた。
そしてたぶん、彼女の時代にはそういう人たちがたくさんいて、修道院というか天界はそういう人々を求めていたんじゃないかと思った。なにしろ、戦後まもなくのことだから。
「あなたは教会に入る必要はない。自分の活動をすればいい。自分の修道院を作ればいい」。神父に言われたのとまったく同じことをここでも聞く。
ああ!と思った。
そして何か、この10年前に始めた坂ノ下修道院としての活動に、原点に戻ろうとその時確信を得た。何か、こう、、、、後から考えるに、禊ぎのようなものがこの合宿だったのかもしれないなあ。
シスターNとは期間を通して秘密の打ち明け話合戦になった。
わたしは中世だったら間違いなく火炙りにされてたと言ったら、「魔女よ。わたしもよ」(笑)。
それで、マリアさまの話になった。
シスターの話も強烈だった。
ある時、医療ミスで所定よりはるかに濃い濃度の薬を投与されたせいで、血中のナントカ値が爆上がりし、意識不明になった。
その時、おそらく夢なのだと思うが、暗〜いトンネルをとぼとぼ歩いていると、向こうに白いまばゆい光が見える。ああ、出口だ!わたしは天国に行けるんだわ!と思って歩いて行った。
するとその光はだんだん大きくなり、近づいてきたのだが、それは光ではなくマリアさまだった。しかも、マリアさまは、なんだか見たこともない奇妙な黒いおじさんたちに担がれている。
なんだこの人たちは?と思うやいなや、マリアさまが「帰りなさい!」と言った。
すると目が覚め、つまり昏睡から覚め、医者がびっくりしている。そして数値が計られると、ほとんど見込みのない異常値だったのが、あり得ないレベルで低下している。
翌日はさらに低下して、一般病棟に移された。医者は驚き「こんなことはあり得ない」と言うから「実は夢の中でマリアさまが帰れと言ったら目が覚めた」と話した。
忘れもしない、あれはルルドのマリア様で腰の鮮やかなブルー。
自分たちは無宗教だからわからないが、「医学的には奇跡」だから、本当にそうなんでしょう、と言った。それから数日で数値は安定し、退院となったけれども「まだまだ安静に」と、診断書までつけて修道院に戻された。
しかし元気だし、なんか暇だと思っていたところへある方がやってきて山谷(当時は日雇いの街)で支援活動をしていると言うから面白そうだと思って行ってみた。
そこに集まっていたおじさんたちを見てビックリした。
どこかで見覚えがあるなあ、、、と考えたら、その人たちはトンネルの中でマリアさまを担いでいた人たちだった。
ああ、「この人たちの役に立て!」といってマリアさまは自分をこの世に返したんだなあ、と気づいて、それ以来40年近く、シスターは山谷で活動している。しかも修道院の助けなしに。
以前は日雇いの、プライドを持った労働者のみんなに炊き出しをしたりだったが、今はいわゆるヤク中や、精神に問題を抱えた人たち、居場所を失った人たちがメインになっている。ゆえに物を投げられたり、借りている施設内を壊されたりと、はたから思えばかなり危険な目にも遭っている。
すぐにカッとなってしまう人たちに、誰でもできる簡単な瞑想を教えてもいる。「彼らは素直だから、すぐにトライしてくれる。以前より穏やかになっていることを報告しにきてくれる人もいる」。
一連の話はわたしの心の深いところに突き刺さった。
以降、最終日まで徹底的に向き合うことになった。
それはまた改めて。
>>続く



