人間を超えている2人の対話にもらい泣きした

夏の盛り、クソ暑いなか地元の麻婆豆腐屋さんで死ぬほど汗を流しながらフーフー食べていたその時、

店内のラジオから「白いパラソル」が流れてきて、そのあまりの清涼感に箸が止まって、「わあ、、、」と思ったんだよね。素晴らしいと思ったんだよ。

同時になにか得体の知れない、、、、失われてしまった「あの時代の空気」へのノスタルジーなのかなあ、寂寥感を感じて、家人とともにしばし声を失ってしまった。なんだか泣きそうになってしまったんだよ。

また同時に、聖子ちゃんて凄いな、、、ってしみじみ思ったんだよ。あの声、あの表現、あの高音の伸び。他の人にないもの。

楽曲がすごいことも今になったらよくわかる。

周りのスタッフチームが、「この子にはこういう(爽やか路線の)曲を歌わせよう」っていうプロデュース戦略を練ったことがすごいんだけど、こういう路線がこの子には良いだろうと大人たちに思わせた素材だったってことで、

おかけで聖子ちゃんの歌はいつ聴いても色褪せない。耳に入って来たらなんとなくいい気持ちになるから。

どうしても対比になってしまうのが明菜ちゃんの曲で、もちろん好きな人はいつまでも好きなのだろうけれど、やっぱり時代の波を乗り越えられなかったのは、暗いからだと思う。少なくともいい気持ちにはならない。

(主観だよ?もちろんね)

 

それでね、

さっき、ユーミンのオールナイトニッポンに聖子ちゃんが出演したっていうから聴いた。

ラジオっていいね。2人で泣きながら、鼻すすりながら涙声になっているんだけど、期せずしてもらい泣きしてしまった。

伝わりすぎて。

まあ、聴いてみてよ。

ユーミンが聖子ちゃんにかける賞賛の言葉の数々があまりにも的を得ていて、さすがだなぁと思った。

「ずーっとアイドル歌手を続けていることの凄さ」って、そうそうそうそう!って思ったよ。

何より、彼女の「不屈の精神」を讃えているんだけど、これは暗に、お嬢さんの一件をも含んでいるわけで、、、、

これはオン歳70を超えても現役で新譜を出し、全国ツアーを続けている不屈の精神の持ち主であるユーミンから讃えられること以上に彼女にとって響く言葉はないんじゃなかろうか。

プロ二人の会話にいろいろと唸ってしまった。

 

やっぱ、「根性」だよな、、、って思った。

才能とかなんとか、結局は根性がすべてを凌駕する。

 

根性。

子供の頃から、その言葉が大嫌いだった。

たぶん、当時はスポ根マンガとか、ドラマなんかでも根性がやたらテーマだったのは、要するに高度経済成長期の根底に「根性」があったからなんだよね、今にして思えば。

戦争負けて、ボロッボロになった国を、生き残った人たちが死ぬ気で働いて、経済では世界1になってやる!っていう集合的無意識が形成されていて、「苦しくてもやり抜け!諦めるな!」の精神が日本を支配していたんだろう。

結果、それが戦後の復興から経済大国と言われるようになった昭和という時代で、我々世代はその恩恵を受けていたんだなということも今だからわかるけれど。

わたしのバーイは生まれついてのひねくれ者だから、根性根性言われても「アホくさ」「・・・やなこった」と本能的に感じてんだけど、、、、

だいたいそれも今にして思えば、そもそもが「根性なし」だった自分を自覚していて、「根性のあるなし」で比べられたら絶対負けるわけだから、そのような競争に乗ってたまるか!って思ってたのかも知れないよ。

根性ないから50メートルを全力で走れ!ってのも本当にやだった。「なんのために走る必要があるのか」わかんなかったからな。

考えれば「根性」の定義すらも曖昧だったんだよ。

だけど、今もって曖昧かも知れないから自分なりに考えると、それは「持久力」なのかも知れないや。

 

ユーミンと聖子ちゃんの対話を聞いていても、イチローとか大谷なんかを見ていても

頂点極めているのにまだそれ以上やろうとする力、

結局は己との勝負なんだろう。

 

わたしは「根性なし」をずっと自覚してきた。何かを始める時だけは調子いいけど、うまくいかないと簡単に投げ出してきた。

まだ若い日のこと、父に「お前は依頼心が強い!ダメだ!」と吐き捨てるように言われた。

依頼心てなに?

誰かがやってくれるだろう、と思い込んでいること。

自分が投げ出したことも、結局は誰かが後始末することになる。

だけどバカだからそんなことすら考えも及ばず、まったく無意識でいたから、そんなことを言われてもポカンとなっていたわけだが、父の口調が強かったので、とにかくそれはダメなんだってことだけは棘のようにいつまでも残った。

まあ、それもいつしかなんとなく理解したのだろうし、身内はまだしも、世の中の不特定の誰かに対する依頼心だったらそんな人間は信用されないし、だいたいダサい。

「自分で始めたことは自分で片付ける」っていう、当たり前のことを、自分は結構な時間をかけないとわからなかったんだった。

 

まーそんなことはなんとか克服できたが根性なしは相変わらずで、それはそれでダサいことだから

ある時から「やると言ったらやる」と決めたんだった。

呪文のように、自己暗示のように「やると言ったらやる」と自分に宣言して、ある程度の納得が得られるまでは取り組みを続けるようにした。

「最初からやるべきではないこと」も判断つくようになった。

そうでなければチームでやる仕事なんかできないし、人に多大な迷惑をかけることになる。信用もされない。

 

 

・・・・・つらつら書いてしまったが、そもそもユーミンと聖子ちゃんの話だったw

ユーミンも丸くなったなあ、、、

昔は毒舌も毒舌で、それが面白かった。このホワイト社会にあの毒舌を封印しても喋れる時代感覚もすごいよな。

考えれば彼女だって、バカ売れしてピークを越してからブームが去り、いい加減アレンジャー変えればいいのにってなってもずーっと旦那との共作を変えなかった。

それはそれで一蓮托生的な根性を感じる。

聖子ちゃんだって、歌手としての力を過小評価されてるのでは?と思うけど、彼女はいつまでも大物ぶらない。

幾つになってもフリルのお衣装で、悲しみのどん底に落とされても這い上がり、聖子「ちゃん」であり続けている。

それは根性だ。

根性って責任感でもある。

 

2人は人間を超えている。音の世界の菩薩とかその類なんだろう。

 

 

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