修道日記(1)ワクワクもせず、ユウウツでもなく淡々と

10日間の「キリスト教的ヴィパッサナー」合宿から戻り、まだ余韻が残っています。風化させないようにそろそろ書いていこうと思います。

ただ、気づきが細かく、また莫大であることと、「出来事」の記述もあるため、読んでくれる人にとって読みやすく書ける自信なしですが、ともかく、いきます。

 

その前に、

また改めて書こうと思っているのですが、NYに住む親友で闘病中だったかねよんが最終段階に入り、緩和ケア行きが決まったのが修道院入りの前日でした。

実はこの数週間わたしは左脚が痛かった。ことここに至るまでずっと毎日やりとりして、この脚の痛みは彼女から来ていることはわかっていたので、「かねよん、10日間頑張れる?出てくるまで電波切っちゃうから」ということを伝えていました。

これまでの経験からして、正直わたしには不安があった。

修行中、彼女にもしものことがあったら、わたしは動けなくなるとか、全身が痛むとか、顔が変わるとか「現象」が起きる可能性が高い。それはわたしにとっては仕方がないこと(特殊体質だから)だけど、修道院にいる人たちはわたしを知らないわけで、その人たちに話すわけにもいかないし、どうしよう、、、、と思っていました。

だからなんとしても彼女にはこらえてくれ!と、またずっと寄り添ってくれたM子さんにも留守中のケアをお願いしていました。

 

そんなわけで修道院の門をくぐる足取りはちょっと重かった。

しかしわたしは自分の人生を生きなければいけない。

 

しかしその気分はいきなり吹き飛んだ。

前回の時、うつ病になった件お話しされてたシスターが受付に満面の笑顔で出迎えてくれ、わたしのことを覚えていてくれてた。「お元気ですか?」と聞いたら「はい!」と。なんだかとても嬉しかった。

施設の人に、施設の外でなら喫煙可能か聞いた。「ああ、それならいいですよ」的な返答。その後念のため(笑)シスターにも再度聞いた。「部屋に匂いが入らないように気をつけて」と言われる。

素晴らしい。これで完全なストレスフリーが確約された!

 

 

部屋は個室。宿泊棟の中庭、わたしの目の前に大きなヒマラヤ杉。足元に茂りに茂ったアイビー。気持ちが良い空間。

あいほんの電源落とす。充電器持ってくるの忘れたが、どうせ使わないんだからどうでもいい。

初日は17:00からのオリエンテーション、続いて夕食。この時だけは喋って良い。

19:30からプログラムについてのオリエンと自己紹介。参加11名中4名が80代、平均年齢86歳(!)のシスター。さまざまな修道会から来てる。

あらゆる意味でちょっとビックリした。

ヴィパッサナーは30~50代ぐらいがやるもの、いわゆる開眼したい人が取り組むもの、と思っていたから、なんなんだ一体!と思った事実を記しておく。

シスター方みなさま社会活動をしている。ひとことで言えば全員「弱者支援」ということになる。なるほどなーと思うものの、この時点ではあまり響いていなかったことを記しておく。

その他は一般信者。うち無洗礼なのはわたしを含めて3名。

この自己紹介でも「え?」と思った。みんな「今回で何回め」とか「これまで全部来てる」とか言う。

人生でそんなに何回も来るような性質のものなのか?という疑問と、参加動機を聞いていてピンとこなかった。なんとなく「あれ?」という感じにはなった。何か異質なものを感じた。シスター方以外の印象はなんか暗い。

でもこれはみんな一人一人が取り組む個人の修行。他の人のモチベーションはどうでもいい。

わたしは「世俗を離れて集中したい。奥の奥にあるものを見て見たい」と手短に。

その後21:00ぐらいから30分程度の瞑想。呼吸を見つめる、というもの。

翌朝からは6:00から瞑想だから5:20に起きれば良い。

 

左脚は痛くない。大丈夫そうだ。

アラームセットしてシャワーしてとっとと寝る。

 

それが顔合わせの初日。

どこにいてもわたしは観察者。見ようとしなくてもだいたいわかった気がした。

しかし後から振り返るに、こういうのも自分の「直観」か「洞察力」の精度を確かめるのに役立つ。

 

>>続く

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