修道日記(8)あ、そういうことだったのか「霊性」
いろいろと新たな発見もあるんですが先走らずで、10日間で気づいたことを記す修道日記を続けます。
「用語」って厄介だよねっていう話。
「霊性」の指すところ
「霊性」って言葉。界隈でよく見かけるんですけど、どちらかというといわゆる「スピリチュアル」的なノリで使われてるような気がします。「霊性を深めよう」と言ったら「スピリチュアル的な感度を上げよう」といった具合に。
ま、そんなこと言ったら「スピリチュアル」自体がいったい何を指すことなのか、やっぱり漠然としているんだけど問題にぶち当たるわけですが。
→ いつかまとめてみましょうかね
で、この「キリスト教式ヴィパッサナー」10日間の間に、何度「霊性」という言葉を聞いたかわかんない。
しかし先般書いているように、ここではいわゆるスピリチュアル的要素はゼロですよ。
で、わたしの理解した限りでは、キリスト教で言われる「霊性」とは、要するに、「精神性」のことだった。
例えば「日本人の霊性の特色」と言われたら、その話は「日本人の精神性の特色」を指していた。
どうしてかしらと考えて、あー確かに!と思ったけれども、いや待てよ!、、、となり。
言葉って本当に難しい。
だってね、
霊性=Spirit(スピリット)
でしょう?
例えばね、ボクシングとか格闘技で使われるような
「ファイティングスピリット」=戦いに向かう不屈の精神
「チャレンジ精神」=失敗を恐れず挑戦する精神
「大和魂」=日本人の精神(明治以降に作られたものとはいえ😉)
だけど
Holy spirit
と言ったら「聖霊」のこと。
「精神」と「魂」と「エネルギー(これもまあ、曖昧だから、わたしは「情報」ってしてるんだけど、、、)」は日本では渾然一体となってるかも?西洋では違うっけな?
でもいわゆる「メンタル強い/弱い」は「意志」に近い「精神」かな?
しかし西洋で「メンタル」はどちらかというと「こころ」の話じゃなくて「脳」だわな。
・・・・・とか、いろいろ考えたら結論見えずで、やっぱり言葉の定義って難しいなって思った。
だからまず定義とか前提を基にしてから話をしないと、一見話が通じたように見えても、全然違った理解のされ方をしてたぜ!ってことが起きちゃうのかもな。
・・・・って、これはセラピストとしての心構え的な話でもあります。
本なんか読んでても、「どの意味で使われてんのかな」は確認しつつ理解しないと、やっぱチグハグになることがあるだろうね。
(てなことを考えると、翻訳者は大変な仕事だなあ)
もうひとつ。
お酒でも「スピリッツ」っていう分類があるんだよね。
蒸留酒全般を指すと思う。
これについては昔考えたことがあって、
薬草なんかを使った強い酒(蒸留酒)って、修道院で作られてましたよね。
もちろん薬効があるから、なんでしょうけれども、
強い酒って、理性を外すことに役立ちますよね。ざっくり左脳に司られている部分。
理性を外すと、spirit(いわゆる霊的な世界)と繋がりやすくなりますよね。昔の修道士はいわゆる科学者的な側面も強かったわけだから、精神作用のために蒸留酒を使ったのではないかとヨンでるんですが。
しかしそのspiritは「精神」とは違うものですよね。
や、言葉って本当に厄介だ、、、、、、
プチまとめ
個々の「精神」は個々人に紐づいている。
でも個人の集合体としての「精神性」=「霊性」はある。
で、「霊性(精神性)」は、人間の内部に格納されているわけじゃないけど(外付けハードディスク)、でも人間世界寄りの話。
しかし「聖霊」は天上界から地上界までをぐるぐる網羅している、ネットワークの話。
・・・・・みたいな整理で一旦はよろしいとしておこう。
そうそう。こんな感じ。聖霊。

>>>続く
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