KAORISSIMA

ENERGY BOUTIQUE

わたしは魚屋をよしとしていることがわかった

人間にとって「楽しい」って思うのにはいくつか種類があるわけだけど、

思いついたことを即座に実行できるのは間違いなく楽しいこと。

少なくともストレスにはならないわけだ。

例えば、あっ!と心揺さぶられたことを、瞬時に発信できるのは、間違いなく楽しい。わたしにとっては。

 

だけど、なんやかやのやること(あえてタスクとは言わない)があって、

それ終わってから、やろ!

なんていうのはすでにこのわたしの中の「あっ」の鮮度が落ちてしまうわけで、

なかなかこの、素晴らしい魂の振動は厄介である。

さらに、何もかもが自分内で秒速で去っていく今日この頃といったら、

書く時間ができた時には、

「すでにそれはもういい」ということになっている。

数時間で、そうなってしまう。

 

これは書いておくべきことだろう!ってことが

実際、わたしの中ではてんこ盛りになっている。

よし、これは書いておく、これはブログねた、って、結構な頻度で思ってる。

でも、実際、そんなことはちゃんと書いた試しがない。

まじ、こうやって書いているのはショーーーもない話ばっか。

 

 

わたしのバーイ文章を吟味して吟味して、非常に美しい作品として仕立てる能力にもに忍耐力にも欠けるわけだから、

どっちかっていうと、一文ごとに脈略すら考えない、アタマん中に高速で回転しているあれやこれやを

ただ単にボンボン排出するだけのような、

誰が読んでも「わかんねーよ、それ!(いや、でも、すこ〜しわかるっちゃわかる)」みたいなレベルのものを書きなぐることができたら、

もしかしたらすごい満足するのかも知れない。

それをやるのがtwitterかも知れないけど、わたしの中でtwitter熱は10年前に冷めている。

まーあれだね、なかなか「書く」ということは、左脳さんがそれ(ボンボン出てくるままに文章にする)を許してくれない、みたいなとこある。

じゃ、かといって、喋ったらどうか?とも思ったが

結局、それもまったく同じことで、手も口も、わたしの実質スピードに比べて、圧倒的に出力が足りないわけで、

左脳、このヤロー!モタモタしやがって!

てな具合である。

 

 

そう考えると、

文筆家っていうのはすごいな、と思う。

やっぱ「作品」だもの。

だから須賀敦子とか幸田文とか、

あーゆー名文というのが価値があるんだよ。

あのクラスの文筆家っていうのは、そもそも並外れた感性の持ち主であるわけで、

単に文章書くのが好きですとか、そういうことじゃないわけだ。

すんごい洗練されたフランス料理のようなもので、

めちゃくちゃたくさんの素材がある、全部、生で食べても美味い!

みたいなものを、あえて煮込んで、裏漉しして、冷やして、、、みたいな見えないところでの厨房作業、

そして、削いで削いで、削ぎに削ぎまくっての、

最後に出てきたこの一皿、みたいな。

盛りばっかり考えるんじゃなくて、「削ぎ」の極地なわけで。

 

てことはさー、

わたしが理想としているのはアレかね、

寿司かね?

鮮度がすべてだと思ってるってことは。

 

って、寿司屋なめんなよって話だ。

寿司になるには、まず、ご飯を研いでってところから始まるし、

お魚だってさばいてきれいなサクにして、、、、

ついでに玉子も焼かなきゃいけないしねえ。

 

 

ってことはアレか。

むしろ魚屋か?

はい、今日は初鰹入った!出した!

みたいなのがいいってことか?

 

そうか!

そうなんだ!!!!!

そうなんだね!!!!!

 

・・・・ということが、今書きながら分かった。

 

 

や、でも、実際、この管理画面を開いた時点で、そんなことが書きたいわけじゃなかった。

 

えっ?

 

 

 

ほなまた!

 

 

 

 

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