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聖人/賢人

どうやらなんでもタイミングというものがあるようで、

自分にとってこの本はまさに、今というタイミングで読むべきものだったのかもしれないという気が強くしている。

パウロ・コエーリョ 賢人の視点

(Like the flowing river ~ Thoughts and reflections を「賢人の視点」という邦題は如何なものか)

 

彼はブラジル人だ。

本は一冊『アルケミスト』を所持しているが読んだことはない。

従って、初めて読む彼の著書がこのエッセイなわけだが、もちろん、会ったこともない彼を、「よく知っている昔からの友達」のように感じる。

文章の質が良いので、ゆっくり味わいながら読んでいるが、

今日は実家の草刈りをして、帰宅して、今しがた少し読もうと開いたタイトルが

これだった。

そして内容は、わたしが草刈りを植えるときにいつも感じる「これは正しい行いなのか」という果てない疑問をなぞるものだった。

当然、今日も同じように考え、同じように帰着した。

自分と同じ感性の人に出会うのは嬉しい。

 

先日来続いているブラジルと繋がる見えない糸だが、

この本によってかの地の聖人「Nha Chica」という人物について知ることとなり、

どうにも彼女の事が気になり検索し、かろうじて見つけた一枚の肖像画がサンパウロのピナコテカに所蔵されているという。

どういうタイミングなんだろうと思った。

つい数日前に連絡をくれたサンパウロのサチコ氏に見てきてくれないかとお願いし、彼女は早速足を運んでくれた。

残念なことに絵画は見つからず、わたしが所望していたNha Chicaに関わる絵葉書もしくはリーフレットのようなものを入手することは叶わなかったが、

それでもyoutubeに上がっている彼女のドキュメンタリーは数本見る事ができたし、

もはやわたしの有能なアシスタントであるGoogleマップさんのおかげで、この聖人が祀られる、ゆかりの教会の内部まで「参拝」することも叶った。

もはやNha Chicaについて、わたしは日本で二番目に詳しい人だろう(きっと一番詳しい人はどっかにいる)。

何かわからないが、この人はわたしにたくさんのヒントを与えてくれるのではないか。

ともかく、この1週間でブラジルは、またわたしの近くに来た。

 

 

そんな一方で、許せないニュースも入ってきて、

 

あまりにもひどく怒りと失望に泣きそうになった(これについては言いたいことが山ほどあるが、今はいい)

が、

ああ、こんなことだからブラジルにブラジル用のグリッドを置けと指令が来ていたんだなという理解とした。

 

 

ところでこの「聖人」そして「賢人」というものについて、昨晩寝る前にしばらく考えた。

ま、この賢人という言葉が日本語では厄介だが、もはや日本に賢人などいないし

聖人においても、日本語イメージではわたしの言っている意味からは遠い。

賢人はイタリア語でいうSaggiのことで、聖人はSantiだ。

とにかく両者について考えた。

聖人には賢人も含まれるが、賢人には聖人は含まれない

とわたしは結論づけた。

そこで自分はどちらになりたいのか、と考えて、

わたしにsaggioはなくてもSantaでありたいと思った。

それも結構はっきりと。

別に聖別されたいわけでも、冠が欲しいわけでもなくて、あるいは人格を高めたいわけでもなくて、

わたしが言っているのはただただ「能力」の話だ。

たとえば、ある人が「おっす!」とか「よっ!」などと一声かけただけで、末期癌の人が立ち上がった、とか、

車に轢かれた猫が走り出したとか、

その人が歩いただけで、枯れ木に新緑が芽吹いたとか、

もしもそんな事が起きるなら、その人は聖人だ。

そしてその人は何事もなかったかのように、その場を立ち去る。

そんなことができるなら、たとえ賢く(saggioの意味で)なくても良いのではないか。

何とは言わないが、有害なものを瞬時に無害にする事ができたなら、、、、、

などと考えた。

まあ、このまま「変人」で終わっても特に文句はないが、それでは何かもったいないような気がする。

魂の旅路の果てという点では、そんなものでは不本意だという気がしている。

 

 

 

ほなまた!

 

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